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未来はこの手の中に #05


 僕と彼女は婚姻届けを出した。
 結婚式は行わないことにした。

 婚姻届けを出した当日、Twitter
で、結婚したことを告知した。

 社内では、創業当時の社員は僕
と秘書との関係を、薄々気づいて
いたようだが、ほとんどの社員は
気づいていなかった。

 僕がTwitterで告知した翌日は、
朝から社内のあちこちで、この話
題でもちきりだった。

 ベンチャー創業当時の社員達が、
社長室に押し寄せてきた。

「社長、この度はおめでとうござ
います! 薄々気づいていました。
 井上さんも、おめでとう。
 だけど、社長。水臭いじゃーな
いですか~。創業当時の僕達にま
で、隠しているなんて」
 第一開発部部長の沢口が言った。

「すまん。隠していたのは謝る。
会社が大きくなるにつれて、井上
君に迷惑がかかるといけないと思っ
て、隠していた。隠して、すまな
かった」

「いや、いいんですよ。そんなこ
とより、結婚式はいつですか?
僕達も盛大にお祝いしますよ」

「いろいろ訳が有って、結婚式は
やらないことにしたんだ」

「そうですか、それは残念ですが、
社長の決めたことですから、仕方
ありませんね。世間では、謎の人
物とか、社長のことを言ってます
が、僕達は社長に一生ついていき
ます。応援しています。
 この度は、本当におめでとうご
ざいます」
 言いたいだけいうと、沢口はみ
んなを率いて、社長室から出ていっ
た。

 爆発的人気商品になった、アプ
デパンツ。その開発者の突然の結
婚の告知に、Twitterは炎上し、
騒然となった。

世間一般的には、有名芸能人ほど
話題には上がらなかったが、某女
性週刊誌の記者から、取材の申し
込みが来た。

 あまり、取材等を断って、ある
事、無い事を書かれるのもしゃく
だったので、取材を受けることに
した。

 取材当日、受付嬢に案内された
記者が社長室まで、やってきた。

 名刺交換を済ませた後、記者は
「この度は、取材の申し込みに、
お答えいただき、誠にありがとう
ございます。早速ですが、この度
は社長様の突然の結婚発表にTwitter
上では、大変な騒ぎに成っていま
すが、ご結婚相手との馴れ初めは
なんだったんでしょう」

「あ、結婚相手は、ここにいる弊
社の秘書です」井上綾香を紹介し
た。

「そうなんですか。それで、井上
さんとは社内恋愛なんですか?」

「いや、彼女がガールズバーに勤
めていた頃に、僕が一目惚れして、
うちの会社に誘ったんです。もっ
とも、会社と言っても、当時は僕
一人でしたが」

「そうだったんですか。ところで、
話は変わりますが、社長様は、世
間からは、その出生からして、謎
の人物と言われていますが、本当
の所はどうなのか、お聞きしたい
のですが……」

 そう来たか。結婚の話は取って
付けたもので、その真意は僕のこ
とを聞きたいのかと解かった。

「僕ですか? 僕はごく平凡な人
間ですよ。 両親は僕が小学生の
頃に早くから亡くなって、祖父母
に育てられました。兄弟はいなく
て、その祖父母も他界しました。
 親戚等は無く、僕は天涯孤独の
身なんです」

「そうなんですか。立ち入ったお
話しを伺いまして、申し訳ありま
せん。もう一つお聞きしたいので
すが、社長様の卒業した学校の名
簿に社長様の名前が無いという事
を伺っているのですが……」

「それは、何かの間違いでしょう。
なぜ、名簿に名前が載っていない
のか、わかりませんが、卒業証書
は持っていますよ。何なら、僕が
卒業した学校に卒業証書を再発行
して貰ってもいいんですよ」
と、僕が強く言うと、記者は、そ
れ以上、強く言えなくなってしまっ
た。

「今日は、お忙しい中、ありがと
うございました」
 記者は部屋を出て行った。

 これで、僕の疑惑が消えた訳で
は無い。これからも、謎の男と言
われ続けるのだろう。


つづく

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