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”オルカン”が実は裏で高いコストを払わされている件について

引け値で一斉に同じ銘柄を取引する巨額なパッシブファンド

さて前回の記事ではオルカン(オールカントリー・ワールドインデックス)を提供するMSCIが、公表されているルールに基づき、委員会でインデックスの中身の銘柄を四半期毎に決めているという話をした。新NISAで日本からオルカンへ兆円単位の流入が続いているが、以前から世界中のかなりの額がMSCIのインデックスにパッシブ運用されている。パッシブ運用の目的はインデックスのパフォーマンスをなるべく忠実にトラックすることであり、インデックスからの乖離は”トラッキング・エラー”と言われて問題視される。ついては巨額の資金がMSCIの構成銘柄に自動的に投資されるのだが、その売買のタイミングまでもが、一律で決められることになる。MSCIインデックスの計算上で、株価はその日の引け値を使う為、パッシブファンドは一斉に引け値で巨額の取引を行うのだ。
ここに、他の投資家にとっては儲けのチャンスが存在するのは容易に想像できるだろう。

新たなインデックス構成銘柄は先回りして買われ、パッシブファンドは高値をつかむ

筆者がMSCIにいた当時も、市場には多くのプロの”MSCIウォッチャー”がいた。MSCIのルールは公表されている為、入れ替えされる銘柄はある程度予想ができる。そしてそのタイミングは完全に決まっている為、自動的にその日の引け値で取引せざるを得ないパッシブファンドに先回りして取引をすると、儲けられる可能性が高いからだ。ある2021年の研究(※)では、インデックスに新たに採用された銘柄の価格は、採用前の5日間で平均0.67%上昇し、その後20日間で0.2%下落している。つまりパッシブファンドは高値をつかんでいることになる。

パッシブファンドに潜む見えないコスト

インデックスへのパッシブファンドは手数料が低く分散投資ができるため、長期的な資産形成に適していると言われている。以前からパッシブ運用のアクティブ運用に対する優位性は議論されてきたが、特に日本ではここ数年、やたらと金融機関の手数料を目の敵にする一部の論者やインフルエンサーの影響もあり、”オルカン”が圧倒的な市民権を得た。しかし金融取引において実は手数料よりも重要なのは「いくらで買うか」ということだ。
この点で、パッシブファンドは運用会社の手数料は確かに安いが、銘柄を高値で買っている可能性があり、それは結局投資家にとってコストと言えよう。上述の研究によると、米国インデックスのパッシブファンドだけで、年間で39億ドル(日本円で6,069億円 5/17日時点)もの金額を無駄にしているとのことだ。これは以前Financial Timesでも詳しく取り上げられていた。(※)

実は巨額の安定収入を得るインデックス提供会社

パッシブファンドの運用フィーは極めて低く、兆円単位でオルカンが売れても日本の運用会社はほとんど儲かっていないという。実はその裏でオルカンのインデックスを提供するMSCIは巨額の安定収入を得ているということもあまり知られていないだろう。
MSCIの2023年の年間収入は25.3億ドル(日本円で3,937億円 5/17日時点)で、年々伸びている。MSCIはパッシブ運用を行う運用会社からインデックス使用料を運用金額に応じて徴収する為、運用会社は競争激化でパッシブ運用のフィーをぎりぎりまで下げている裏でMSCIにかなりのフィーを取られている。これは投資家というより運用会社にしわ寄せがいっているのだが、せっかく新NISAで日本の巨額のマネーが資産運用に流れているのに日本の運用会社も証券会社もオルカンでは儲かっていないのは残念だ。

日本人の思考・行動には同一性・一律性があるといわれる。新NISAで盛り上がってきた資産運用においてもオルカン一色になっており、今は株式市場が堅調なのでよいが、今後裏目に出ることがないか心配だ。

※引用元:
Li, Sida, Should Passive Investors Actively Manage Their Trades? (November 18, 2021). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3967799 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3967799

https://www.ft.com/content/f916d132-0f86-4e0e-a3fa-6a80fdf6e40c (Financial Times)