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ハリー・ポッターと炎のベンチャー part7 大量解雇

インサイドセールスとして、受話器を耳に当て続けて数か月がたった。飛んでくる灰皿も罵声も、もうお手の物だ。

僕は、ハリー・ポッター。誠実な営業マンさ。

業務外でマホなり社長の未経験エンジニアスクールに貯蓄の半分を課金、現状からの脱出を図りつつ日々を過ごしていたところ、社内に不穏な空気が漂い始めた。

どうやら、花形であったフィールドセールス部門からぼくらの地獄、インサイドセールスへと異動になる営業マンの数が増えているようなのだ。さらに、魔法技術職の一部すらも同様にここに回されてきているらしい。

社内ではひっきりなしに、例の組み分け帽子が連れ回されている姿を目撃した。一応奴は組み分けの技能という資格があるから、こういう人事異動の口実の一つに使われてるんだろう。

でも実際、どういう事情なんだろうか。僕らの同期は大量に採用されて、大量にコールセンターに配属になり、そして仕事の辛さで大量に辞めている。その穴埋めということで人員補充のための異動が行われたということなのか?

でも、今そんなことを考えている余裕はない。鬼のような数のテレアポリストを消化し、鬼のように迷惑なアポを取り付けることが、この地獄で生き残るための全てなのだ。もうガムテープで縛られていないと不安を感じるようになった左手を持ち上げ、僕は戦いを再開した。

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そんなある日のこと、僕は同期から衝撃的な情報を入手することになった。

「なんか、俺さ、部屋に呼び出されて突然言われたんよ。」

かなり深刻な表情だ。

「『あなたはここにいても、もう社内のキャリアはない。一生このままコールをし続けるか、辞めるか、どちらかを選んで』ってさ。あの組み分け帽子が真顔で言うもんだからさ、なんかメンタル来ちゃったんだよね。」

あのゴミ帽子がそんなきっぱりとした態度で引導を渡せることにも驚きだが、それよりも内容があまりにも衝撃的だった。

事実上の退職勧告じゃないか?新人に?コールセンターの数が足りていないんじゃなかったのか?

「ひょっとして...この会社はブラック企業なんじゃないか?」

同期の一人がそんなことを言い始めた。今更気づいたらしい。アズカバン研修に始まり今に至るまで何だと思ってたんだ。

引導を渡され始めたのは一人だけではなかった。テレアポ獲得数下位と思われる社員から順に面談に呼ばれ、退職を勧告されるようになった。何と、フィールドから降りてきたベテランの営業マンすらその対象にされているようだった。

僕はだんだん、状況を理解し始めた。毎日のテレアポで疲れた脳ですら気づく異常性。地獄の窯の蓋が開いてしまったのだろう。

この会社はリストラクチャリングを始めている。

特にかわいそうだったのは、フィールドや魔法技術職への昇格を匂わされていた一部の同期だ。彼らは精一杯己の人生を削ってこの会社の収益に貢献しようとしていた。実際、テレアポ数も同期で断トツだった。しかし、彼らも組み分け帽子を通じて身の振り方を考えるよう勧告されたという。

溶鉱炉につながる高速ベルトコンベヤーの上を逆向きに走っているような感覚。現状維持は取り返し不可能な後退を意味する。僕は必死になってその状況に抗ったが、力尽きる時は必ずやってくるんだとどこか理解していた。

当然、僕にもその時はやってきた。

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ある日突然談話室に呼び出されると、例の組み分け帽子が重たそうな口を開く。

「エット...もう、分かるよネ!?」

だめだ、やっぱりこの小汚い物体は溶鉱炉に沈めたほうがいい。

僕は悲しそうな顔をしてみせた。

「そんな悲しそうな顔...しないでッ...!!君はまだ若いんだからさ。でも、ここにいたらずっとコール部隊だよ??」

予想通りの言葉を吐いてきた。この帽子はもう、機械的に社員を減らしていくことしか考えていない。

はれて退職勧告が出てしまった僕は、一つ質問をしてみた。

「退職したら...退職したら...僕はどうしたらいいんでしょう。」

この何とも寄る辺ない感情の滲み出た質問についても、組み分け帽子はしっかりとゴミのような回答を準備してくれていた。

「エット...履歴書の添削とか...してあげるケド...それでイイ??」

あんまりに酷い。僕たちうぶな新卒だって社会を舐めていたかもしれないさ。でも、この対応はあんまりだ。調査兵団もびっくりの使い捨てられっぷりに、しばし唖然とする。

僕はしばらく沈黙した挙句、「検討します。」と一言言い残して談話室を去った。

組み分け帽子はふうと一息ついて次の退職勧告者をリストで確認し始めたようだった。

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【あなたの家庭はxxxxxからの所得で順風に生活しているのに、会社の家族は火の車にするの?年間の固定費も稼げない、その見込みも立たない。】

【環境に甘えて自分の人件費さえ稼いでくれないダメ営業には、稼ぎ頭の足を引っ張らないようにフロントからインサイドセールスに戻す明確な基準を設けるしかないと思っています。】

【掴み取った自由の裏側にあるものは地獄です。xxxxxのフロントチームには高いインセンティブ料率や自由裁量がある分、成果を出せない人には一定の降格基準があって然るべきだと思っています。】

【皆さん、もっと懸命に生きましょう。】

ある日、全社一斉でCEOからのメールが送信された。分かっていたこととはいえ、社内を不穏なざわつきが駆け巡る。ここからが本当の地獄だ。

このメールでやっとこの会社に愛想を尽かした同期が、次の日から続々と辞表を提出していった。

僕だって辞めたかったが、僕はもう少しこの会社に留まるつもりだ。

なぜかって?合理的じゃない判断かもしれないけど、もう少しこの会社の行く末を見届けてみたいって気持ちになったんだ。

不思議だよね。この前勧告を受けたときはあれほど怒りを感じていたのに。今じゃもう怒りを通り越して面白さすら感じている。この会社、相当ヤバい状況になりそうなんだもん。

腹をくくった僕は人事からの冷たい目線に耐え、日々テレアポに取り組んだ。今となってはインサイドセールスに残っている新人はかなり少なく、ほとんどはフィールドから降ろされた営業マン達だ。

この部門は事実上、退職勧告と社員の根競べが行われる地獄と化している。なあに、負けるもんか。アズカバンとテレアポ地獄に耐え抜いた僕だよ??

そんなある日、とても面白い投稿がとあるSNSに上がった。

【私はxxxxに新卒で入社をしています。沢山の大切な新卒同期、頼りにしていた先輩社員、目標に向かって努力をしていた後輩を沢山失いました。この2ヶ月で90名ほどです。この悲しさを風化させたくはないですし、未来の新卒社員に現実を知ってもらいたいと思っています。】

この投稿を僕が見つけたとき、既に何万回もシェアされた後だった。ぶら下がっているふざけたコメント、的外れなコメント、真面目なコメント...世間はとても注目しているらしい。

僕らにとってはリアルな地獄であっても、SNSでは労働で疲れきったユーザーに提供されるエンタメの一種だ。まあ何でもいい。ここまで来てしまったのだから、最後まで地獄を見届けよう。

僕はふと同期だったドビーを思い出した。彼が居てくれたら、もっと心強かっただろうに。

僕は研修の後一時期、ドビーを「終わった人」と考えて仕事に没頭していた時期があった。今、一時でもそんな考えを持ってしまった自分を恥じている。彼は被害者だ。彼は、あの投稿をもう見ただろうか。何を考えるのだろうか。

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「愚か者め。一体どんなリスク管理をしていたのだ??」

黒いローブの男がいら立った顔でテーブルを叩きつける。ここは僕のオフィス。僕の城。僕の努力の証。

「SNSでの炎上には気を付けろ、と貴様には何度も言ったではないか。我輩のアドバイスを理解せず相当下手な退職勧告をしたようだな。おまけに社内メールを晒されてしまうとはな。あれでは、コールセンターを事実上の処刑場にしていたことが明白ではないか。」

【ベンチャー企業にて新卒大量解雇~就活生に広まる動揺~】

【退職勧告の実態とは?異常な社内メールも】

【退職勧告の違法性は?社長の本名は?性癖は?調べてみました】

【例の仲介ベンチャーで働いてたんやが質問ある?】

センセーショナルなタイトルが並ぶスマートフォンの画面を男が目の前に突き出してきた。

僕はもう頭が真っ白だった。何も考えられない。

僕は、学校を中退してから死ぬほど努力をした。同年代がキャンパスライフに興じる中、僕はM&Aファームにインターンとして入社し、猛烈な営業経験を積む傍ら、魔法技術を時間を惜しんで学んだ。

そうして、同期が就活を終えて卒業するころにはソルジャーを超えて、起業を狙えるほどの実力と人脈を獲得していた。副業で始めていた今の会社も相当大きくさせて、もう毎日、明日死ぬ気で生きていた。

僕の考えにアグリーしてくれるメンバーも集まり、創業数年のベンチャーとして界隈で名を通せるようになった。

僕はCEOとしての名前を名乗るようになり、コンプレックスだった顔も整形した。学生時代の僕の顔とは別人のような顔になったから、同期は誰も僕のことを認識できないだろう。誰とも連絡を取っていなかったし。

そして、サービスをローンチして失敗した。言葉では言い表せないほど悔しかったし、僕を見限ったメンバーもいた。あの頃はショックで食事がのどを通らなかった。

でも、時間が経ってくると自分はもうこれで精一杯やりきったんだという感覚を持てるようになった。

もう十分さ。この会社なんて売ってしまえばいいさ。

しばらく休養して、次の人生を考え始めようと思っていた。



だが、僕は今悟った。成功には再現性がないが、失敗には極めて高い再現性があるという原則を。まともな人間であれば当然前提にしている社会の基本原理。それを僕は忘れてしまっていた。

過去、幾人ものベンチャー経営者が辿った轍に、僕も足を取られてしまったようだ。人を切るということを、僕は甘く見ていた。あんな感情的な社内メールも、送ったことを今更後悔している。シンプルに厳しい態度が伝わると思ったんだ。

「例の投稿が出回ってから、貴様の会社のエース級社員もレジュメの傷を意識して退職してしまったではないか。担当していた太い客共はカンカンに怒って主要なディールは破談になってしまったぞ。狭い業界だ。ここまで炎上した企業は相手にされないであろうな。

あれ以外にも続々と告発文が出回っているようだから、いずれ動くところが動くぞ。貴様のあのゴミのようなサービスに資金提供していた我輩のファンドも多少の泥は免れないだろう。」

僕は、彼が続けるであろう言葉を聞きたくなかったが、もう理解していた。

「買収は白紙だ。貴様が我が子のように育てたこのくだらない企業ははもう収益を生まないどころか、我がファンドに損害をもたらす。」

買収が白紙になり、売却によるキャッシュインは当然消滅する。本業による収益はもうほとんど期待できない。

この事実をもとに、僕は来月からの資金繰り表を眺める。



約定返済とオフィス賃料。未払い給料。あと何か月でキャッシュアウトだろうか。当然、銀行からの借入には代表である僕の個人保証を入れている。

債務残高は、事業にほぼ使い果たした僕の個人資産なんて余裕で超過している。債務整理は、免れないだろう。

はははは。人生ってこういうことなのかな。



僕を精神的に向上心のない馬鹿だと罵ったホグワーツのあいつに、今のこの姿を見せたらどんな反応をするんだろう。傑作だ。

「今回の炎上があろうとなかろうと、貴様はもう伸びしろも無く死にゆく者だったのかもしれんな。Japanの小説によると、『精神的な向上心のない奴は馬鹿』だそうだ、



ロン・ウィーズリー。」



黒いローブの男は、偶然なのか心の中を読んだのか、僕のかさぶたを剥がしてしまった。

「本名で呼ばないでほしいな..ははは。」

僕はこれまでの、そしてこれからの人生を思い描いて、笑いが止まらなかった。経営者ってのは、こういうものなんだ。今回の炎上で、僕の顔と、本名もきっと広く知れ渡ってしまうだろう。そうしたら、いくらスキルがあろうと再起できるかどうか不明だ。まともな会社は、そんなやつに大事なM&Aの仲介を頼んだりしない。

「惨めだな。最期に失業エントリーでも書いてみたらどうだ。ベンチャーの社長は大概そういうのを書くものだ。」

黒いローブの男はそう言い残して応接室から出て行った。

僕はPCを開いた。

(続)




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