前向きじゃなくても進めるけど、損しちゃう
今日は本当に書くことがなくて、もやもやしていました。一人で考え込んでいても仕方ないので、散歩に出かけました。
noteのネタって、いつもやらないことをしたときにふわっと出てくるという感覚があったので、「散歩」×「いつもやらないこと」で考えたときに、「後ろ向きで歩く」という答えが出てきたので、やってみました。
今日の京都は雪が降っていて、後ろ向きで歩くと顔に雪が入ってこないので、快適さは抜群でした。でもこれって人生に例えると、過去のいいところばかり見て進むみたいな感じがしました。
最近イチローのインタビューをずっと見ているんですけど、イチローって正しいか正しくないで判断するんじゃなくて、自分が「好き」か「嫌いか」で判断しているように感じたんです。実際に「僕はこの考え方が好きです。」って何回も言ってました。
そのことを踏まえて僕は、「過去のいいところばかり(後ろを)見て進むみたいな感じ」は好きじゃなかったんです。でも、実際は後ろばっかり見て歩いているということに気付きました。これはもう、後ろ向きで歩いたから気付けたことなんです。
あと、後ろ向きで歩くと雪はガードできるんですけど、自転車に乗ってるおばちゃんとか、コンビニに車を止めたいお兄さんとかは、よけられないんです。前見てないんですもの。
これも、一回嫌なことあったらすぐに後ろ向きになって、前を向いていたら回避できることすらまともに食らってしまう自分にとマッチしていて、「あ、僕ってこれまでこんな危ない人生の歩み方していたのか」と気付くことができました。
後ろ向きで歩いていた僕は、厄介なことが一つしか自分に来なくて、それさえ防げる進み方をしていれば、何とか目的地に達することができると思っていたんです。
やってみると、コンビニから家まで分かり切った道のりでも、後ろ向きでは帰れませんでした。
というわけで
前向きじゃなくても進めるんだけど、目的地に到達するためには、障害を自分の目で見て、避けれるなら避ける、避けられないなら被害を最低限にするというのが一番いい方法なんじゃないかなと。
あえて当たってみることを選択できるとき、後ろ向きで進んだ時と結果は同じでも、選択権が自分にあるときとないときでは経験値が違います。
障害は障害のフリしてやってこないです。自転車乗ってるおばちゃんは邪魔してやろうと思って向かって来てないのと同じです。自分が見てないせいで勝手に障害にしていることがあるかもしれないです。
もし自転車にを見ていたら、よけることは簡単だし、何ならあえてぶつかるという選択肢を選ぶこともできます。でも、後ろ向きは全部運です。相手に全選択権を与えているのとまったく同じです。めちゃくちゃもったいない。
選択権を自分にして、選択肢を把握して、自分の好きな選択肢を選んで結果は同じでもより多くの経験値を得られるようにするために、積極的に前を向いて歩いて行こうじゃないか!!
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