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福岡移住10年を振り返る(1)

【場所選び】
2012年6月、10数年暮らした東京から福岡市へ移住した。

理由は、日本のどこで子育てをしていくか、どういう仕事ができるか、を検討し日本国中を候補に挙げた中から当時のベストが福岡だったから。

夫婦お互いが地方出身者で、かつ実家がまったく違うエリア同士であったため、実家に戻りたいという願望もそれほど強くなく、むしろメリットの多い土地を選ぶことができた。

当時は移住ブームが起こり、福岡県もその該当地として注目されていたが、自分が選んだエリアは、話題にもならないかつての副都心。数度の引っ越しを経て、 少しずつ今の場所に落ち着いた。

【行動・マインド】
移住前は福岡市内の企業に転職を希望しており、東京から地元の企業情報などを集めていた。履歴書を送れども当時35歳の男性を雇い入れる編集プロダクションはどこにもなく、先に引っ越さないといつまでも福岡での生活は実現できない、と半ば強引に引っ越しを決行した。

そうしてギリギリ福岡(市)に入る郊外に移り住み、なんとか新生活をスタートさせることができた。中心部である天神までは電車を乗り継いで約40分(感覚的には1時間くらい)といった距離感だった。

当初は「転職」ありきで移住に向けて行動していたので、すぐさまフリーランス的な思考に切り替えなければと気持ちを新たにした。長男も幼稚園に入る前の年齢で、さっそく地元企業や東京のメディアへの営業をしていた。

引っ越し後すぐに、東京時代の繋がりで、福岡だけでなく九州全体の取材依頼がポツポツと来ていたので「ひとまずこっちの方向でやっていこう」と決めた。

名刺を作り、ブログ(公式サイト)を立ち上げ、書店に行き本の奥付で連絡先を確認して「こういうものです」と東京の出版社に連絡をとりまくった。また同業者の知り合いが増えていくに連れ、在京メディアの編集部を紹介してもらい、東京ツアーを組みポートフォリオを配ることを定期的にしていた。

依頼が来ないことには貯金も減っていくだけだが、この仕事は待つしか無い。次男の妊娠もわかり、自然と1人でどうにかしないと、というマインドになっていたと記憶している。

【福岡に感じたこと】
東京にいたときから福岡の情報を調べ、福岡で開催されたブロガーイベントなどに参加し、福岡での知り合いが増えたことはとても良かったと思う。天神のコワーキングスペースや、定期的な飲み会で会話することによって、リラックスすることができた。

福岡市中心部はとても都会的な街並みの風景が広がっていて、天神の路地は竹下通りを落ちつかせた雰囲気だし、岩田屋の前は吉祥寺駅前に似ている。大濠公園は、何にも似ていない完成された空間に感じた。今も定期的に訪れて家族全員で癒やされている。あんなに中心部なのに駐車場代が安いのも驚くポイント。部屋探しで来た時にホテルから歩いて、池のほとりにあるスターバックスで朝食を食べたのはよく覚えている。

こうした環境は良いとしても、自分がどうやって生活していくかの方が重要であって、身体がなかなか動かない自分にヤキモキしていたと記憶している。もっと営業して、もっと繋がりを増やしていかないと仕事は増えない。定期的な上京を、と思っていてもそうキレイにスケジュールを埋めることは無理だった。

個人事業主としての心細さを感じつつ、なんとか日々をこなしていた最初の数年だった印象が強い。

【とにかく不安だった2012〜2014年あたり】
とにかく不安の方が大きく、心休まることは無かった。子供が成長したりと喜ぶべきことはたくさんあるはずなのに、そう感じ取れない。これはこれ、と割り切ることができずにジワジワと疲弊していった移住当初から2〜3年の頃を思い出している。


続く


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