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Ghost World を観に行った

 5月13日(月)、友人に誘われて阿佐ヶ谷モルクに『ゴーストワールド』(2001)を見に行った。10年ぶりの鑑賞で、もはや詳細なんて忘れていたからすごく新鮮に楽しんだ。主人公の悲哀ややる気のなさ、彼女の所在のなさが身に染みてわかる。かつての私もこんな感じだった、というかスクリーンの中には昔の私がいた。人とは違う、つまらなくない、わかっている側の人間。そんな私を受け入れてくれる刺激的な世界があるはずだと。私の居場所はここではない、と。周囲の人々を幽霊のように日常を虚ろに彷徨い、徘徊する存在だと認識はしていなかっただろうか。そんなおこがましい勘違いの青春時代を思い出した。その前日にだいぶNGな映画を見ていたからか、素敵な良い時間を過ごせたことにもしみじみ感じ入っていたりしたのだった。

 しかし数日経って思う。私はまるでその時代を脱したかのような感想を抱いたけれども、果たして本当にそうだろうか。卒業し、就職し、結婚し、出産を経ても、今もいつだって自分の居場所に心から満足はせず、なにかしらもがいている。多少は地に足はついたし、大人になったとは思うけれども、「母を逃れる」なんて文章を書いて発表したりしている時点で、私とあのメガネの奥から世の中を睨み続けるイーニドにどんな違いがあるというのか。笑えない。全く笑えないのである。

 32歳になってわかったことと言えば、自分自身の性格の生きづらさとプライドの高さと、それでもなんでも這いつくばって生き続けなければいけないということだろうか。

 イーニドの眼差しには怒りが宿っていた。私もまた原動力はやり場のない世の中への怒りなのだと思う時がある。この世界なんかクソ喰らえである。母になった今でもいつも思っている。バスに乗った彼女は逃避だったか、決意だったか、そこは定かではない。けれども、私はこの世で地団駄を踏みながら、透明になることに抗いながら生きていこうと、今のところは思っている。

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 昨年友人たちとZINE を制作し、そこに自分が母親になったことへの所感として文章を書きました。(上記「母を逃れる」)今まではイベントなどで販売していましたが、次回のイベントは未定です。

 よければ、Instagramの @chihiro_noguchi から私たちのZINE『CSK』もご覧ください。

https://www.instagram.com/p/C5qcSlkP8W5/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==

気になるという方はお気軽にInstagramのDMまでご連絡ください。

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