【走れ、たい】…小学生

犬はとても賢い生き物だ。
自分がしてもらったことはきちんと覚えていて、感謝して心を許している。

僕が小学2年生の頃、従兄弟が犬を飼い始めた。
足が短く胴長のシルエットが可愛いダックスフントの「ポコ」君。
僕の家にはペットがいなかったので、従兄弟が犬を連れて僕の家に来るのがとても嬉しかった。僕はポコを可愛がり、ポコも僕と仲良く遊んでくれていた。

そんな楽しい日が続いたある日のこと。
その日、家には60歳くらいになる祖母とポコしかいなかった。
僕が学校から帰り、家に入ろうと玄関の扉を開いた瞬間、ポコが全速力で外へ駆け出して行ったのだ。
慌てた僕はそのまま玄関前にランドセルを捨てて、居間から聞こえてきた祖母の『ポコーっ!』という叫び声を後にして必死に走った。
家の前の長い上り坂を、ポコを追いかけて走っていると僕の靴が片方脱げた。
左足は靴、右足は靴下の状態でも諦めずに僕はポコを追いかけた。
追いかけながら僕は
「こいつ、こんな逃げ出したいくらい家にいるの嫌だったのかよ」
と思っていた。
靴下で走るコンクリートは子供のわけわからない元気パワーをもってしても、耐えられないほど痛かった。
足の裏の痛みと、好きだったポコが全然止まってくれないショックで心が挫けそうになりながらも僕は必死に追いかけた。

本当は前を歩いている人とかに
「その犬捕まえて!」
と叫びたかったのだが走るのに必死すぎて、
「っくはぁ!はぁっ!!」
と言うのが精一杯だった。

だからかわからないが、犬を追いかけながら走る僕のことを見ていた近所のおじさんは笑顔で
「おぉ!」
と嬉しそうにしていた。
多分、子供と犬が楽しそうに走ってるのだと思ったのだろう。
僕がポコを追いかけながら家の周りを700mくらい走ったところで、救援が来た。ママチャリに乗った祖母だ。
僕はヒーローがバイクに乗って助けに来てくれたと思った。
祖母はすぐに僕の代わりにポコを追いかけていった。
僕は大役を祖母に任せて、脱げた靴を取りに戻った。
「おぉ!」と言っていたおじさんともすれ違ったが、おじさんは少し寂しそうにしていた気がする。

それからしばらくして、無事に祖母がポコを抱えて帰ってきた。
僕は嬉しさとホッとした気持ちでポコに近づき撫でようとしたら、ポコは今までに見たことない形相で僕を睨みつけ、狂った様に吠えてきた。
まるで
「てめぇ、あんなに追っかけ回しやがって、ふざけんじゃねぇよ」
と言わんばかりの吠えっぷりだった。
僕は、あんなに心配して必死に追いかけたのになんだよ、という悲しい気持ちでいっぱいだったのだが、ポコが怪我もなく無事に帰ってきてくれたことが嬉しかったのでそんなことは気にしなかった。

それからの10数年。ポコが亡くなるまでの間に僕に懐くことは1度もなかった。
老犬になりヨボヨボになっても、ポコは僕を見るや否や、毎回声が枯れるまで吠え続けた。
犬は本当に賢い生き物だ。やられたことは絶対に忘れないのだ。

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