【ちょっとこっちにおいで】…幼稚園

足が速ければ人気者になれたのは今も昔も変わらない。
そして僕は幼稚園の頃から他の子よりも足が速かったため、元気に楽しく幼稚園での生活を送ることができた。
なんなら僕よりも足の遅いクラスメイトを少し下に見ていたと思う。
要するに調子に乗った生意気な子供だったのだ。

自分が他の人より足が速いと自覚したのは、幼稚園の年中の運動会だった。
クラス対抗のリレーがあり僕はアンカーを務め、相手チームに大差をつけて見事クラスを勝利に導くことができた。

翌年、幼稚園最後の運動会でも僕はアンカーに選ばれた。
僕は自分の実力が他の子たちよりも頭1つ抜けてることを自覚していたので、自信に満ち溢れていた。
リレーの練習ではクラスメイトが僕に渡すためのバトンを必死に繋いでるのを見ながら「皆頑張ってくれてるな」と少し上から目線で見ていた。
「本番でも最後はどうせ僕が全員抜いてゴールするからゆっくり走って大丈夫だよ」と心の中でイキリ散らしていた。

そんな運動会を間近に控えた練習中。
僕にバトンがまわってくるまであと7人というところで、僕の腹部を強烈な便意が襲ってきた。
友達とヘラヘラとしながらも僕の額は脂汗でいっぱいになった。
僕は生きてきた6年間の経験を総動員して計算した。
[今素早くトイレを済ませて戻ってくる]
のか
[7人目からのバトンを受け取り、走り切った後トイレに行く]
のかどちらが最適解か。

僕は後者を選んだ。
ここでトイレに行くなんて言い出したら、周りの奴らは絶対にうんちだと気づくと考えたからだ。
1人、また1人とバトンを繋いで僕のところまであと4人と迫った。
しかし僕の便意も確実に迫ってきていた。
そして、ここにきてなんと4人目の走者が転んだのだ。
痛みで泣いて立ち上がらないその子を見て
「早く走れよ」
と思わずにはいられなかった。
便を漏らしそうなのに僕の脳内はまだイキリ散らしていたのだ。

泣いていた子が5人目の走者にバトンを渡す時、僕はひっそりとうんちを漏らした。

たった6年間で培った経験値では最適解を見つけることはできなかった。
しかし、僕は諦めなかった。
うんちを漏らしたまま友達とヘラヘラしていた。
《よし、まだバレてない》
そう確信して、自分の番が来るのをその場で待っていた。
僕の番まであと2人と迫ったところで、後ろから肩を叩かれた。
振り返るとそこにはニコニコ笑顔の先生がいた。

僕はポカンとした顔をした。
《笑ってるならバレてないな》
そう思った瞬間先生が
「たいくん、ちょっとこっちにおいで」
と僕の手をひいた。

終わった。

僕はそのままトイレに連れて行かれ、ズボンとパンツを脱がされ、満遍なく綺麗にされた。
戻ってきたときにはリレーの練習は終わっていた。

そして運動会当日のリレー。
僕らのチームはアンカーの僕に渡るまでに半周ほどの差をつけられて負けていた。
僕はあの練習での悔しさを噛み締めて必死に走った。
そして最後の最後に相手を追い抜き見事逆転勝利を収めることができた。
そのおかげで僕は卒園するまで一度もうんこ漏らし関連でいじめられることはなかった。
足が速いと人気者になれるのだ。

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