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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#毎日更新

『境界』(超短編小説)

長い参道に沿って露店の明かりが延々と続いている。 ミヤコは父に連れられて、年に一度の稲荷神社の夏祭りに来ていた。参道の先が全く見えないくらい、人でごった返している。浴衣を着た同級生の女の子、恋人同士のお兄さんとお姉さん、団扇を持って歩く大人たち・・・。 父の手をしっかり握り、人ごみを縫うように歩いていく。自分より背の高い大人と大人の狭い隙間を抜けていくのは、人間の木でできた森を探検しているみたいだった。たまに父の手が離れそうになるが、そのたびに指先に力を

『第三の説』(超短編小説/550字)

「空が回っているんだぞ」 「違う。地面が回っているんだよ。僕たちは丸い地面の上にいるんだ」 「嘘つくなよ!コッペ君」 「プット君こそデタラメだろう」 プットとコッペは、朝から、天動説と地動説で言い争っていた。それを見つけたロズウェ先生は、二人に向かって言い放った。 「はははっ、プットもコッペも間違っているぞ」 「えっ?」 「先生までデタラメ言わないでよ」 「本当だ。お前たちが話しているのは、宇宙図鑑13718巻の第211章に載っている太陽系にある地球というチッポケな

自選短編集(3)

短編小説を書くときは一日でまるごと書き上げるスタイルです。最近は、このやり方に色々な意味で限界のようなものを感じ始めています。文章や物語の精度に自信が持てないまま投稿するのではなく、推敲・ブラッシュアップを重ねた作品を週に一度くらいのペースで投稿する方がいい気がしてきました。只今どうするべきか検討中です。 さて、これまで75編の短編を書きました。ホラー系、不思議(異世界)系、感動系、恋愛系、ほのぼの系、童話系など、様々な方向性に挑戦しました。中にはギャグテイストの物語も含ま

『遭遇』(超短編小説)

旅客機は深夜のシベリア上空を飛んでいた。 窓を隔てた向こう側はマイナス40℃の世界だ。窓際に座っているせいか、外の冷気が肩のあたりに伝わってくる。地上にかすかに明かりが見えるが、都会のそれとは違って数えるほどだった。 昨夜パリを発ち、東京まであと六時間。ほとんどの乗客が寝息を立てている中、私の目は冴えるばかりだった。やることも特になく、窓の外の闇をじっと眺めていた。 ふと気づく。はるか空の果てに何かが飛んでいる。その飛行物体は青白い光を放っている

『蟹の城』(超短編小説)

黄色の大きな蟹が砂浜を歩いていた。 その時、私は知った。蟹には赤以外の色がいることを。蟹は足跡を残して波打ち際をゆっくりと横切っていく。そうだ、私は昔、蟹になりたかったんだ。 蟹は椰子の木の根元にある巣穴に入っていった。近づいていくと、十歳の私が好奇心にあふれた眼差しで穴の中をのぞいていた。 二十歳の私は、十歳の私に声をかけた。 「ねえ?」 「ん、誰?」 「きっと未来のキミさ」 そう答えると、驚いた表情で「そんなはずはない」と取り乱し、

『くまのポッチョ』(超短編小説/ホラー)

会議が始まってから4時間を過ぎようとしていた。 意見や内容をまとめるべき立場の人間は、一向にまとめようとせず、さらなる可能性を追求する。 「なるほどね。いや、ちょっと待てよ。そういう意味ではこういう考え方もあるな。となると・・・」 会議中の課長はイキイキしている。そして会議は毎回のように長い。一番ひどい時は、30分で終わりそうな議題であっても6時間かかった。課長に悪気がないのはわかっているが、メンバーたちは辟易としていた。これまでに長い会議の成果が出た

『花火と同調圧力』(超短編小説/850字)

一気に複数の火の玉が空に上がっていく。爆音とともに、空いっぱいに赤と青と緑の花が咲いた。 「すごーい!」 「おおっ!すげーっ」 「ふーん」 「すっげーっ!」 「わあ!」 大学の読書サークルのメンバーたちが空を見上げながら感嘆の声をあげる。間髪入れずに、次の花火の上がって、ニコちゃんマークが夜空に描かれた。逆さだったけれど、かたちがはっきり見えた。 「おおっ!スマイルだー」 「かわいーっ」 「すごーい」 「ふーん」 「ニコちゃんマーク!!」 休むことも

『枕元のどろろん』(超短編小説/950字)

「それはそれは暑い夏の夜のことでした・・・・」 時計は夜9時をまわろうとしていた。6才の健人は布団の上で母の肩にひっついていた。人一倍恐がりなのに、お化けや妖怪のお話が大好きだったから、今日もまたちょっと怖い絵本を読んでもらっていたのだ。 絵本の表紙には不気味な赤鬼が描いてあった。 「河童、化け猫、唐傘お化けなど数え切れないくらいほどの妖怪たちが参道を行進していました・・・」 お話をじっと聞いていると、母の声に、変な声が混ざり始めているのに気づいた。

『桜の栞』(短編小説)

年季の入った「熱川虎之介大全集」の一冊から飛び出た長方形のしおりがひらひらと宙に舞った。足元に落ちたしおりを手にとって見てみると、やや厚めの紙は黄ばんでいて、かなり使い込まれていた。おそらく、この大全集が発売された昭和中期のものなのだろう。しおりの真ん中には繊細な筆致で八分咲きの桜の木が描かれていた。その大全集は、僕と千香がつきあい始めた先週末、古書街で購入した。 古書街デートをしたその帰り道、僕は彼女に想いを伝えた。それまでも何度かデートには誘っていたので、僕

『AM3時のアルパーラ』(超短編小説)

「ん・・・この音は」 1階のリビングからきこえるピアノの音色で、僕は目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見ると深夜3時だった。小学生の娘が練習でもはじめたのか、いやこんな真夜中に弾くはずがない、ってことは妻か、いや妻はついさっき隣りで寝息を立てていた、じゃ誰だ?それにしてもなんと見事な演奏だろうか。僕は寝ぼけながらも多少警戒しつつ右手にバットを持って階段をゆっくり下りた。 ♪〜 リビングのガラスドアごしに見える。窓からの月明かりに照らされた人影が、子犬のワルツを

『耳の長い宇宙飛行士』(超短編小説)

おかしな色をした雲だった。 紫と赤が混じり合った不思議な色が街を覆っていた。確か、外国の偉い予言者が言っていた。空が宇宙と融合し始めている時、こういう紫の空が現れると。 顔を上げたまま歩いていると、私は蓋の開いたマンホールに落下してしまった。視界が一気に真っ暗に染まり、数十秒落ち続けた。地面にたたき付けられたかと思ったら、トランポリンみたいな柔らかい布の上に落ちて、ボヨヨーンとはね上がった。その勢いのままマンホールを飛び出て、体はどんどん上昇して、紫の雲

『マチと座敷わらし』(短編小説)

夏休みのまっただ中、8歳の一人娘であるマチは両親に連れられて、母の故郷にやってきている。あっちを見てもこっちを見ても山と田んぼだらけだ。田園風景の中にお屋敷みたいな大きな家がぽつんぽつんとある。田んぼにはヘンテコな顔をした案山子がそこらじゅうに立っている。昼は蝉が鳴き、夜になれば虫と蛙が歌う。 都会にはないものがいっぱいあって、マチには新鮮だった。大好きなあの映画の風景の中にいるみたいで、暇さえあれば麦わら帽子を被って外に遊びに出かけた。あぜ道を探検したり、白詰

『角の跡』(超短編小説/400字)

「パパ?カブちゃん寝てるの?」 7歳の優貴が可愛がっていたカブトムシが息を引き取った。私は親として子にどう説明していいのか迷っていた。 「天国に旅立った」と言えば済む話かもしれない。でも、その便利な耳障りの良い言葉で終わらせたくなかった。大切にしてきた生き物との初めての死別。どう感じ、どう受け止め、どう心に折り合いをつけるのか。自分の感情と正面から向き合ってほしかったのだ。 迷った挙げ句、飾り気のない事実の言葉で説明することにした。 「カブちゃんは一

『泣き顔』(超短編小説)

カーラジオから懐かしいクリスマスソングが流れている。もうそんな季節なのかと音量を上げた。リズミカルな曲に合わせて、鼻歌を口ずさみ、ハンドルにのせた両手の指先を踊らせる。それくらい、今の自分は上機嫌なのだ。 隣県の病院に向かっている。あと数時間で、産まれたばかりのわが子に、はじめて対面できる。出産には立ち会えなかったが、一刻も早く会いたくて海外から戻ってきたばかりだった。 環七で渋滞に巻き込まれていた。車がほとんど進まないのは、この道の先のどこかで行われて