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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#オリジナル

『桜の栞』(短編小説)

年季の入った「熱川虎之介大全集」の一冊から飛び出た長方形のしおりがひらひらと宙に舞った。足元に落ちたしおりを手にとって見てみると、やや厚めの紙は黄ばんでいて、かなり使い込まれていた。おそらく、この大全集が発売された昭和中期のものなのだろう。しおりの真ん中には繊細な筆致で八分咲きの桜の木が描かれていた。その大全集は、僕と千香がつきあい始めた先週末、古書街で購入した。 古書街デートをしたその帰り道、僕は彼女に想いを伝えた。それまでも何度かデートには誘っていたので、僕

『かなでの宇宙』(短編小説)

「あれがカシオペア座だよ」 「カシューペ座?」 「カ・シ・オ・ペ ・ア・座」 「えっと、カシューペア座、どれ?」 「ほら、あのマクドナルドみたいな形の・・」 「あった!」 父が教えてくれたカシオペア座は、奏(かなで)が生まれてはじめて知った星座だった。 奏が住んでいる街は、四方が山に囲まれた高地にある。“星に近い街”というキャッチフレーズの通り、標高が高く空気も澄んでいて夜になれば空には数え切れないほどの星が輝く。 7歳の奏が夜空の存在を意識しはじめた

『ノートの旅』(超短編小説)

6歳の息子が机にかじりついている。 珍しいこともあるものだと思って手元をそっと覗いてみると、自由帳に何かを書いている。こちらに気づかないくらい、純朴な眼差しは真っ白な紙に向かって集中していた。 「何やってんの?」 「迷路」 「迷路書いてるんだ?」 「うん」 細い腕で2Bの鉛筆を動かしている。感心しながら横で見ていると、隠すように息子は両腕でノートを覆った。 10分ほど経つと、息子は自信に満ちた顔でやってきた。 「パパやってみて」 「おっできた

故郷が旅先になる日。

上京してから18年が経つ。 40を越えた今でも年末年始は必ず実家で過ごしている。ただ、最近の帰郷は、18年前の帰郷と比べると、かなり様変わりした。 例えば、家族を連れて帰るようになった。孫が可愛くて仕方ない両親は、すっかりお爺ちゃんとお婆ちゃんの顔になっている。あの頃バリバリ働いていた父は長く勤めた会社を定年退職し、今は趣味に生きている。 一年に一度の帰郷。当初は “地元に戻る” 感覚だったのが、この18年間で少しずつ “故郷に旅する” 感覚に変

『渇いた器』(短編小説)

涙は、道具だ。 四方八方から鼻をすする音が聞こえる映画館の真ん中で、僕はそう思った。スクリーンに映し出された映画はクライマックスを迎え、女優が涙の洪水を披露していた。役に入り込んでいるからこそ虚構の世界でも涙が落ちるのだ。 「映画、感動しなかったの?」 「感動したよ」 「ほんとに?」 「うん。なんで?」 「純ちゃんってさ、たまにわかんないんだよね」 「何が?」 「いつも冷静すぎるっていうか・・・」 「・・・」 妻の浩子が何を含んで言っているのかはわかっ

『ななのテープ』(短編小説/ホラー)

社会人になってからというもの寝付きが悪くなった。 多分、強制的につながっている会社の人間関係が私の大きなストレスになっているのだと思う。上司や同僚や後輩には自分と合わない人が結構いるのだが、ある程度は彼ら彼女らに調子を合わせなくてはいけない。それが組織で働くということなのは理解している。 布団に入ってから眠りにつくまで2時間以上かかることもある。翌朝8時には家を出なくてはならないので、さらにプレッシャーがかかって目が冴えてくる悪循環だ。 人間関係

自選短編集(1)

noteで書いた短編小説がちょうど50編になりました。 仕事もnoteも含めて、これだけ毎日のようになにかを書いていると、「書く」という行為から距離を置きたくなる瞬間が頻繁にあります。小説の場合だと、書きたいテーマもないのに無理に絞り出そうとしてまで書きたくないと思うこともありました。でもここでの粘りが「書く力」のスタミナになっていく気もするんですよね。 22時過ぎても書くテーマが見当たらない時は焦ってくるわけです。「毎日note」というハッシュタグを使っている以上は、途

『50メートル走』(童話)

ついにやってきた。待ちに待った、ゆるゆる村の運動会。 50メートル走に出場するオイラは、今日のために練習を重ねてきた。牛乳配達のお手伝いもトレーニングだと思っていつもより頑張ったし、毎朝7時に起きてゆるゆる村のひろーい田んぼのあぜ道をジョギングした。 すべては、50メートル走でいちばんをとるためだ。・・もう誰にも「牛歩」なんて言わせない。 いちばんをとったら、子ヤギのメ~テルさんが「モースケくん、かっこいい」と言ってくれるはずなのだ。そんなことを

『校長先生の話』(超短編小説)

温暖化の影響かは分からないが、その年の暑さは、アブラゼミの鳴き声が叫び声に聞こえるほどだった。 7月、小学生たちの夏休み直前に近所の病院で騒ぎがあったらしい。けっこう大きな噂になっているようなのだが一向に具体的な内容が伝わってこないので、情報通のおっちゃんにわざわざ聞きに行った。 おっちゃん情報によれば、にわかには信じられないような話だった。 真夏の炎天下、小学校のグラウンドで行われた全校集会。校長先生が朝礼台の上に立って、ためになる話をたっぷり

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『忘却の海』(超短編小説)

外房、九十九里浜。 私はあてもなく波打ち際を歩いていた。裸足の指で粒子の細かい砂を一歩一歩踏みしめながら。 果てしない砂浜。見渡す限りの海。いかに自分がちっぽけな存在かを感じられる場所に行きたかった。私が今心に抱えている傷は、足元に転がっている小さな貝殻と同じように、ありふれたものなのはわかっている。スケールの大きな風景が心の濁りを薄めてくれるはずだと、そう思ってここまでやってきた。 失恋旅行は初めてだった。 あの人と会うことはもうない。