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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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#超短編

『冷蔵庫バス』(ショートショートnote杯)

 どうしても思い出せなかった。ここがどこなのか、なぜ自分がここにいるのか。  濃霧に包まれ視界が悪い。一人佇んでいると、微かな足音を響かせて男の影が近づいてきた。男は全裸だった。変質者かと警戒したが、心細かった僕は思いきって声をかけた。 「すみません。ここはどこですか?」 「ここかい?……ふふっ」  男は鼻で笑ってそのまま歩いていった。目を凝らすと霧の中にうっすらと複数の人影が見える。全員シルエットが裸だった。 「あっ」  なんと自分も全裸だった。慌てて股間を両手で

『しゃべるピアノ』(ショートショートnote杯)

「言おうかどうか迷ってたんだけどさ」 「何?」 「昨日の夜、聞こえたの。あなた、そのピアノ椅子で誰かと話してたよね」 「えっ」  間違いなく彼女は俺を疑っていた。 「私、わかるの。相手は女よね」 「……」  その声色には、いくばくかの憂いと怒りが滲んでいる。 「誤解だよ、そういうんじゃない」 「嘘」 「ただの女友達だよ」 「絶対嘘」 「……」 「許せない。私という者がありながら」  声が震え出した彼女にはどんな言葉も届かない。とはいえ、対処方法はわかっている。今、彼

『まっしろなピュー』(超短編小説)

やっぱりそうだった。空に浮かんでいた白色のそれはピューだった。その謎の物体は、ここのところ毎日のように私の前に姿を見せる。いつだってドローンみたいに空にぷかぷか浮かんでいる。 マンションのベランダで洗濯物を干している途中、私はピューの優雅な空中浮遊に目を奪われてしまった。ひょっとしたらピューは生きているのかもしれない、なんて思いながらしばらく見とれていたら、空に溶けるように消えた。 私はたまに一点の何かをじっと見つめたくなることがある。なぜかはわからない

『キミとボクの間にある途方もない距離』(超短編小説)

窓から見える校庭は、銀杏の黄色で埋め尽くされていた。 季節が変わっても、授業の退屈さは一年中変わらない。そんな気怠さにつつまれて授業を受けていると、突然、誰かの強い視線を感じた。 教科書から目をはずし、教室内を見渡してみると、窓際に座る花沢さんがボクのことをじっと見つめていた。 「あ・・」 一瞬目が合ってから、花沢さんは照れ顔ですぐに目をそらした。ボクはなんだかすごくドキドキした。 花沢さんは単なるクラスメイトだ。当然、普段からお互いを

『通り雨』(短編小説)

「また雨か。ああ、最悪や」 明日の天気予報を見た風花はそう呟いた。気象予報士のお姉さんは、雨予報の時は暗い顔で話し、雨のち晴れ予報の時は無表情に話し、晴れ予報の時は明るい顔で話す。風花は、雨が大嫌いだったから、暗い表情で話すお姉さんも大嫌いだった。 「なあ、おかん。新しい傘買って」 「え、あの傘まだ使えるやろ? 」 「あの傘、無地の紺で地味やし。傘の内側が青空になってるやつあるやん? 私あれほしいねん」 「そんな変わった傘、いったいどこに売ってんの? 」 「ほら、

『私の愛おしい宇宙人』(短編小説)

私の彼氏は、宇宙人だ。 こんなことを言うと、たいていの人が一瞬固まる。この子は不思議ちゃんに違いないという目をする。でも、本当の話。宇宙人なのだ。 その証拠に、彼氏はいつもテカテカ光るシルバーの服を来ている。謎のペンダントを首からぶら下げている。大きなサングラスみたいな眼鏡を必ずかけている。本人はいつもこう言う。宇宙人なのだから、それっぽいファッションをするのは当然だ、と。 彼の見た目は三十代の日本人男性だ。しかし、ある時から心が宇宙人になった。

『迷宮』(超短編小説)

「お金ってさ、ないよりあったほうがいいじゃない? 」 すぐ後ろの席から、胡散くさい会話が聞こえてくる。 「不労所得って聞いたことある? うん。あっ知ってるよね、うんうん。ね? そうだよね」 男は慣れた口調でハキハキ喋っている。おとなしそうな若者Aと、人の良さそうな若者Bが、黙って話を聞いている。もはや、会話ではなく、一方的な演説だ。 男はなかなか通る声の持ち主で、聞きたくなくても耳に侵入してくる。耳障りだったため、僕はそのカフェを出ようかと思ったが

『いいことを言いたい男』(超短編小説)

「なんだか、いいことを言いたい気分だなあ」 突然、ケンが何か言い出した。 「なにそれ」 「ほら、今の俺たち、むちゃくちゃハッピーじゃない? この雄大な大自然の中で、木々のざわめきと川のせせらぎをBGMにして、最高に贅沢な時間じゃない? 俺、いつもはソロキャンプだからさー、いいこと言いたくても独り言になっちゃうんだよ」 晩秋のキャンプ場は、夜になってかなり冷えこんでいた。吐く息も白くなる。湯気の立ったぽかぽかのコーヒーを口に運んでから僕は言った。 「マジやめて

『かつら飛ばし』(超短編小説)

できることなら、目を覆いたかった。 目の前にいるのは、私の知っているいつもの彼ではなかった。つむじ風に吹かれ、カツラを必死に追いかける情けない男だった。 * その衝撃的な出来事の後、私たちは公園のブランコに腰を下ろした。交わす言葉は何もなく、気まずい空気だけが流れていた。 「あの・・・なんか、ごめん」 「何が?」 「・・・さっきのこと」 いつもの自信に満ちあふれた彼はどこにもいなかった。隣には、かつらが不自然にずれた男がいた。 「・・・びっ

『渋谷』(超短編小説)

一向に人の列が途切れない長いエスカレーターを降りると、目の前には、渋谷のカオスが広がっていて、今にも私を吸い込もうとしていた。 私はたまに、突拍子もない世界を想像してしまうことがある。 もし大きな隕石が、渋谷のど真ん中に落下したらどうなるだろうか。このスクランブル交差点を行き交う人間も、あの犬の像も、ギャルの聖地も、全てが塵のように粉々になるだろうか。再開発で日々進化するこの街に巨大クレーターができるだろうか。トランプ大統領がツイッターで「お悔やみ申し上

10秒で読める、あたりまえ小説(超短編)

肩にもたれかかる彼女の長い髪からいい匂いがした。少なくとも、これだけは自信を持って言える。僕たちを乗せたこの列車の行き先は、きっと終着駅なんだ。 山岡先生はうつむきがちなクミに向かって力強く言った。 「ほら、前に進もう。まず一歩を踏み出せば、きっと以前より前進しているはずだ」 室内に響く雨音がいつもより大きく感じた。佳恵が出て行ってからもう7日が経った。それはつまり、1週間過ぎたということに他ならない。 僕にはわかるんだ。笑顔のキミを見て、みんな

『葬られた遊び』(短編小説)

アパートの前の通りで、十歳くらいの少年たちが何やら変わった遊びをしている。ビニール傘を天に掲げながら地面から勢いよくジャンプして空中で数回転。着地の時にポーズを決める。回転数と着地のかっこよさを競う遊びをしていた。 気になった僕は少年たちに声をかけた。 「ねえ、それなんていう遊びなの?」 「・・・つむじかぜ遊び」 「へえ。なんで傘を持っているの?」 「傘があると空中に浮きやすいんだよ」 「そうなんだ」 「次は兄ちゃんの番なんだ。ほら見ててっ!」 どうや

『タピオカと魔法使い』(超短編小説)

「そうだ、タピオカだ。タピオカの映え写真しかない」 タイムラインにリア充自慢と意識高い系の投稿が延々と並んでいるSNSを眺めながら、私は思いついた。 来週ついに三十歳になる。年齢と彼女いない歴が同じ数字のまま、大台にのるのだけは避けたかった。ネットの伝説によると、このままいけば、あと一週間で“魔法使い”に変身するらしい。 生誕三十周年をダーマ神殿で迎えるのは嫌すぎる。(ダーマ神殿とは有名な転職の聖地である)私は私のままでいたい。魔法使いになんてなりたく

『鳥かご』(超短編小説/ホラー)

春彦が、おもちゃよりゲームより大事にしているもの。いつも肌身離さず持っている一番の宝もの。それは、鳥の図鑑だ。 分厚い一冊は、鳥の絵と写真で埋め尽くされている。赤、緑、青、黄、黒、白・・・色とりどりの鳥たちを眺めているだけでいい気分になって、空を飛べるような気がした。 春彦は学校の誰よりも鳥に詳しかった。知らない鳥なんてほぼなかった。中でも特に好きな鳥はケツァールだ。世界一美しい鳥と言われていて、コスタリカという国にいる。小学校の文集では、将来の夢の欄に