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今日が人生最後の1日だと思って生きられはしないけれど

「もしも今日が地球最後の1日だったらどうする?」というのを考えたことがありますか?

おいしいものを食べるとか、豪遊するとか、行きたかったところに行って過ごすとかがパッと思い浮かぶかもしれません。

あるいは明日地球が滅亡するのなら「もうどうなってもいいや」と犯罪に走る人がいても不思議ではないかもしれませんね。

そんな想像はお遊びくらいでやったことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、

一方で「今日が最後の一日だと思って生きなさい」というアドバイスがあります。

これは地球が滅亡するとかではなくて、自分にとっての最後の一日をイメージするという意味で、

いつ死が訪れたとしても後悔することがないように、一日一日を大切に生きようというメッセージがこめられていると思います。

しかしこうした想像はわかるようでいて、実際にその状況に陥らないとリアルに想像できないような話であるように思えます。

ふと休みの日に疲れてダラダラしている時に思うんです。

「あー、今もし死んだら後悔することになるのかなー」と。

理想的には一瞬一瞬を大事に生きたいとは思ってはいるものの、

実際にはそんな風に立派になんてなかなか生きられないというのが正直なところではないかと思います。

でもそうは言っても、いつ死んでも後悔しないような生き方には憧れますし、

今日が人生最後の1日だと思って生きることの大切さには説得力があります。

まるで金太郎飴のように、人生のどの部分で死が訪れたとしても同じ満足感で終えることができるようになるためには、

そのような生き方をするためには頑張って立派であり続けるしかないのでしょうか。


そう考えた時に、「常に頑張る」のではなく、「常に納得」の心持ちが大切なのではないか、という考えが浮かびました。

私は自分で言うのもなんですが、そんなに立派な人間ではなりません。

何もやる気が出ない時もありますし、無駄にダラダラと時間を費やしてしまうこともあります。

でも、その無駄も含めて自分がこれでいいのだと納得できていれば別にいいんじゃないかと、

常に自分の行動を納得の上で行うというルールさえ守っていれば、どの段階で死が訪れたとしても後悔はないのかもしれません。

そういう気持ちでい続ける、ということであれば、

人生最後の1日と思って生きるのに比べるといくぶんリアルに考えやすいのではないかと思います。

立派になんてならなくていいから、自分らしく生きていきたいものですね。

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