ecotonohaの衝撃。そしてフルFlash時代へ。【Web30年史】2003-04
見出し画像

ecotonohaの衝撃。そしてフルFlash時代へ。【Web30年史】2003-04

デジタルデザインの未来をWeb30年史から考える。今回は2003-2004年ごろです。

2003年頃になると、インターネットを利用するユーザーの変化が大きくなってきます。前回触れたネットコミュニティが出来上がっていき、「インターネット住民」のような扱いに。Webデザインの進化はブラウザを超えてプラグインであるFlashが全盛期に突入。今までに見たことのないような体験が、テレビでなくPCのモニタ越しに届けられることになりました。

その頃FOURDIGITは…
2002年FOURDIGITにジョインしたあと、僕もFlash時代はひたすらFlashを作っていました。2004年には10人ほどだったメンバーが20人ほどに。オフィスを表参道に移動します。


ベトナム戦争とイラク戦争

いきなり話が「デジタルデザイン」からズレますが、この時代はテレビや新聞・雑誌からWebへと、メディアが移り変わっていった時代でもありました。

象徴的だなと思ったのはイラク戦争です。「テロとの戦い」の始まり。

2001年の9・11事件のとき、僕は友人が作ったネットのサッカーコミュニティでチャットをしながら、テレビであの衝撃的な映像を見ました。

その後、ブッシュ大統領の強いメッセージとともにイラク戦争に突入。

アメリカの民意を大きく2つに分け、それぞれを牽引したのが、大手メディアとインターネットだったそうです。今ではテレビでも「ネットの意見」と扱われることがありますが、そういったネットで世論が形成されていく、大きな動きの走りだったように思います。


この話で思い出したのがベトナム戦争です。

1975年まで続いたベトナム戦争は、テレビ放送・生中継された初めての戦争だったそうです。映像を目の当たりにした国民は衝撃を受けて意識が変わったことで有名です。ジョン・レノンの「Happy Xmas (War Is Over)」はじめ、反戦歌もたくさん作られた。


こういった動きがネット中心で行われたのが、イラク戦争だったんじゃないかと。テレビや大手メディアで民意が象られるのではなく、ネットの中で民意と情報が流通する。

イラク戦争の反戦デモは、メディアと関係のないところで進行し、史上最大級の反戦デモへと発展したらしいです。


数多くのメーリングリスト、Webサイト、掲示板で語られること。大手のメディアでは言われないこと。大手メディアは政治の息がかかっているんではないか。本当のことはどこへ…?ネットには加工されない情報があるのでは?そこにこそ真実があるのでは?

情報の伝わり方に変化が見られた出来事だったと思います。このような流れで、2011年前後の「アラブの春」も象徴的な出来事でした。


SNS。mixiってモンストの会社……ではなかった

民主運動みたいなでかい動きはもちろんですが、コミュニティは色々な変化を続けています。

ここでSNSの登場。これもコミュニケーションが大きく変わった出来事でした。

インターネット上に、個人の人格=インターネット住民が生まれた瞬間。それまではSNSという考え方がなかったし、ネット上でアバター的アイデンティティを表現する場所は存在しなかった。


掲示板に書き込んだり、自分なりのWebサイトを作ることはできたけど、インターネット上に自分のアイデンティティが存在するという概念は乏しかった。SNSは、自分のアカウントをつくり、そのアカウントがネット上で情報を発信・交流するという仕組み。

アメリカではMy Spaceという音楽コミュニティSNSが大流行。2003年に立ち上がり、2005年にはインターネットのトラフィックランキング6位に入っています。My Spaceは、異常な成長を記録。


画像1

Internet Archive より

日本ではmixiだけでなくGREEもSNSをスタート。一時期は拮抗してました。今考えると、招待制、日記(ブログ)、友人、フォトとかレビューとか、足あととかいろいろあった。このアカウントって宇多田ヒカル?マジで?みたいな。当時は斬新だったのです。


まぁとにかく、自分のアイデンティティがインターネットに拡張された。


想像つくと思いますが、この変革は、めっちゃ危険でもありました。実名で住所を書き込んでしまった未成年。ポルノや違法データをアップする若者。闇へと誘う輩たち。インターネット上のコミュニティはまだ無法でいろいろと未熟で事件も多かった印象です。

現在でもまだ、上記のようにインターネットは危ないことあるよ、という感じですが、この頃はフィルタリングやブラウザや端末のセキュリティもまだまだでした。


コンテンツ、創造性の開放

2004年、電車男って覚えてます?

画像2

電車男 DVD

2ちゃんねるの書き込みからはじまったコンテンツ、ラブストーリー。

アキバ系オタクが恋をするんだけど、新しいノンフィクションというか、リアルと共に日に日に進行していく物語。スレ住人からのコメントや応援する人がリアルタイムで増えまくり、本人からの続報の書き込みを皆が待つ、そして進行していく展開。最後には告白して、うまくいく!

インターネット越しにマジでー!わーーーっ!というリアルタイム・サクセスストーリーです。

キタ――(゚∀゚)――!! キタ――(゚∀゚)――!!

っていう。


これが一大ムーブメントとなって、まとめサイトができて、書籍化され、映画化され、ドラマ化され、漫画化され、英語化され、朗読劇化され、なんならアメリカでもテレビドラマ化されたらしい。

いわゆるネット発のメディアミックス。


こういう動きに、少しづつ世の中が変わっていくようだった。消費者のリアルな反応は、インターネットにあるんでは……?作られた広告よりも近しい人の感想の方が信頼できるかも……。

Web2.0の時代になりつつある中で、コンテンツもユーザー側に実権が移りつつあった。


未熟で危険な状態であるインターネットの世界と、メディアの力を持ち既存のビジネスをぶっ壊すポテンシャル。どこかそれまでの既得権益はもうすでに終わってきているような空気すら漂っていました。


ライブドア事件で感じたこと

デジタルデザインには、デザイン・テック・ビジネスが重要な要素であると考えられています。iPodの時もそうだったと思いますが、ものが良いだけで全てが完成するわけではない。ビジネスという枠組みで何が起こっていたのかも触れたいと思います。


2000年頃の日本のインターネットは、プロバイダやドメインとかコンテンツとかITシステムとか、あらゆる方面で成長してました。

そこで若くして成功する人たちが生まれ、バブルのような様相に。六本木ヒルズの高級マンションに住んだりして華やかな生活をしていくんですね。芸能人と付き合ったり。そういう成功者たちは、ある種の羨望と悪意と妬みの対象として「ヒルズ族」と呼ばれていました。

画像3

Wikipedeiaより

2004年、ライブドア事件は、ネットビジネスのプレイヤー(ライブドア)が大手メディア(ニッポン放送・フジテレビ)に対して買収を仕掛けたという流れから、株式の争い、最終的に証券取引法事件に発展という結末でした(詳しくはwikipediaのこちらこちら)。

じっさい何が起こっていたのか本当のことは知りません。専門でもないですが、僕は何かシンボリックなことが起こっているように感じていました。連日ニュースでも放送されていました。

画像4


Windows 95が大ヒットしたMicrosoftは、翌年の96年から世界時価総額ランキング上位にいます。日本企業は、96年にNTTとTOYOTAがいますが、IT関連のプレイヤーは入ってきません。むしろその前の日本のバブル、平成元年の世界のランキングは日本企業ばかり。世界のランキングですよ?金融、エネルギー、家電、車などの製造業、といった業界の上位が日本企業。

そこから日本企業は一気に下降します。

世界の主役から下降してしまった後の2004年の日本。

そんな舞台で「ヒルズ族」と呼ばれるようなITプレイヤーが、フジテレビという大メディア企業を買収し、既得権益の仲間入りをする。

そんな世界観を受け入れられる状況だったんだろうか……。

ソフトウェアを中心としたIT企業Microsoftがいち早く成功したアメリカ、製造や金融がメインだった日本。

この頃にITプレイヤーによるイノベーティブでビジョナリーな変革が起こっていたら今頃どうなっていたのかなともうっすら思います。


2020年現在を少し見てみましょう。アメリカはGAFAM(1位 Apple、2位 Microsoft)だけでなく、NETFLIXやAdobeも上位に。中国はBATH(1位 Alibaba、2位 Tencent)。日本は、複合企業やテレコムの中にもITというかソフトウェアのサービスもあるとは思いますが、明らかにそうと言えそうなのは、2020年7月現在、日本50位でようやくZ holdings(Yahoo! JAPAN、ZOZO)ぐらいなんですよね。

未だに日本経済を牽引するITプレイヤーはいません。

当時の日本は、i-modeやブロードバンドが世界でも進んでいた一大インターネット&モバイル国で、テレコムなどはチャンスがあったはずです。しかし、そういったサービス領域が日本経済を牽引していくことにはなりませんでした。


テクノロジーはどんどん進化して役割を変えていきますが、人の社会や価値観はゆっくりとしか変わりません。

2013年、LINEが世界で2億ユーザー突破したニュースが出たときに、僕はすごいな〜と思いました。日本の人口を超えてユーザーを作れるなんてすごいですよね……。資本が韓国だとかそういうのはおいといてさ、日本の人たちが作ったtoCのサービスです。でも、ニュースでは、LINEいじめ、プライバシーの危険性、SNSを子供に使わせるな、とかばかり……。

分かるよ、分かるけどもっとポジティブな称賛があってもいいよね。


僕はこういう出来事の受け止め方やニュースの報道などが文化の現れであり、現実的な反応であり、社会の状況であり、意識の中に大きく根付いているものに感じます。

物事や認識を変えていくには、正しい熱量と、論理と、倫理が伴い、信用や信頼を蓄積し、社会的な評価がされ、そうしてやっとポジティブな称賛が出てくるようなことだと受け止めています。


気を取り直して、すごいWebサイト

企業のプロモーションで使われるWebは盛況。動くFlashサイトはとても人気がありました。

ブラウザの標準技術ではまだ安定したリッチコンテンツを提供できないため、Flash Playerというプラグインが利用され、アニメーションなどのレンダリング技術を武器にとてつもなく普及していきました。

ちょっとだけ説明すると、ブラウザにFlash Playerというプラグインを入れることで再生できるファイル(swf)がある。それを作成するのがFlashというソフトウェア。2003年当時はmacromediaという会社が提供していて、高い人気を誇っていました(2005年にAdobeが買収)。

今ではあまり考えにくいけど、プラグインの普及率は95%付近で、swfファイルを再生できないことはほとんどなかったです。


当時の思い出でecotonohaというすごいサイトがあります。


いや、本当にすごいサイトだったんです。

少し思い浮かべてください。まだ2003年の頃です。スマホもまだない。PCでWebサイトを見ることが当たり前で、Webもいろいろとリッチな表現ができるんだな〜ってぐらいの時で、動くサイトや複雑なFlashも出てきたなぁ、そんな時代です。


このecotonohaは、NECの企業広告ではあるんですが、みんなが同時接続して、木に模したバーをクリックしていくと葉に見立てたメッセージが広がって木が成長していく……(何のこっちゃだと思うので、上の動画を見てほしい!)。

ユーザーが参加して木が増えていくとNEC社が社会貢献として植林に寄付をする、という双方向の体験型コンテンツ。


こんなの見たことない!という衝撃でした。理屈はわかるけれど、この発想はなかった。Flashを使って、発想を形に変えることができる。脳内の壁を破ってくれた感じがしたわけです。


これを作った当時ビジネスアーキテクツの中村勇吾(yugop)さんは、この後もtha ltd.にてユニクロ・UTのWebやCMを手掛けたり、数々の先進的なWebコンテンツを作られました。

最初に所属していたBA時代もそうだし、その後のtha ltd.時代も、Webデザイン業界のスターだったし2008年には「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」にも出ています。

僕ら世代よりひとつ上の方ですが、みんな彼のクリエイティブを見てびっくりし、興奮していました。


広告業界もインパクトのある表現ができることに反応しました。もちろんecotonohaだけではないですが、こんなことできるのか!ということで、インターネットの世界、特にプロモーション領域は一躍Flashに占領されるようになっていきます。



フルフラーッシュ!!

ポーカーの役? ももクロの曲? ライダーの必殺技?

いや違います、Webサイトの作り方です。

Flashは「アニメーションなどリッチなコンテンツが提供できる」「ブラウザに依存しないプラグイン」という特徴があった。Flashコンテンツの読み込みエリアを作って、そこにコンテンツを展開する。

当時よく作っていた画像の切り替えアニメーションを制御するスクリプトなんかも、Flashならブラウザを気にせずに作ることができた。だから早かったし合理的だった。逆にFlashを使わないと、各ブラウザに対応するための地獄の作業とアニメーションの多彩さを失った。


そのFlashエリアを、ブラウザのウィンドウエリアいっぱいに広げてしまうというのがフルフラッシュサイト。ナビゲーション、インターフェイスのアニメーション、コンテンツの切り替えなど、フル画面をつかったWebサイトはよりリッチな体験を可能にしました。


3D表現、パーティクル、プログラミングアート的なエッセンスも入ってくると、マシンの描画スピード限界に挑戦!みたいなサイトも多く作られた。ecotonohaもそうですが、SoFake 「Billy Harvey Music」、Mr.doob のような実験的な表現も衝撃的だった。


画像5

http://www.billyharveymusic.com/

画像6

https://mrdoob.com

中村勇吾さんが脳内の壁を破ってくれた感じと書きましたが、とにかく発想さえあれば、新しいことができそうな感じを受けたのです。船で漕ぎ出せば新大陸がありそうな感じ。

僕も何かをやりたい、まだやられてないようなもの!って思っていた。

紙がめくれるコマ送りアニメーションや、3D空間に絵画のギャラリーを作ってみたり、一日30時間ぐらい働いていた気がするけど、断然エキサイティングで楽しかった。


デザインとフロント技術の関係

少し技術的な話にも触れておきます。ビジュアルデザインや表現もコンテンツも機能も、すべて技術的な背景に影響を受けます。


フルフラッシュサイトはインターフェイスの領域も含まれるため、インターフェイス自体の制御、コンテンツの切り替えの制御、アセットの読み出し、バックエンドとの連動などなど、今のフロントエンド開発につながるエッセンスがありました。特にFlashはプラグイン型であり、Flashで作られるswfファイルはパブリッシュが必要。

今のモダンアーキテクチャの常識である、バックエンドとフロントエンドの切り離しはここではすでに行われていました。

作り方も「シンボル」といって、要素の中に要素があり、同じ要素が変われば全てに反映される仕組み。今のアトミックデザインやデザインシステムの発想と近かったんです。僕もそうだけど、Flash時代にやってたおじさんたちは、今のフロントとバックの話やアトミックデザインの話も、「あーあったなぁこういうの」という感じだと思います。

画像7

Flashコンテンツの普及も相まって、Webの接点は大きく二つのうねりに分かれていきます。

ひとつは、主に広告をベースにした新しい表現。ビックリするような、今までなかった驚きというか。広告表現としてのインタラクティブ。

もう一つは、RIA=Rich Internet Applicationと言われるようなソフトウェア的にリッチになるもの。E-コマースだったり、Webアプリケーションに応用されます。フォームが便利になったり、新しいインタフェースの提供など。


その大きく2つの方向で、デザインの考え方が少しずつ違っていきます。いかに作るべきか?デジタルデザインにUXの概念を持ち込んだ、JJギャレットの概念図にも表現されていました……。


次回予告

企業のWeb活用が進み、デジタル広告はぐんぐんと浸透していきます。Googleが広告分野で急成長、インターネット回線が強化されたことによって、YouTubeが始まりGoogleが買収。動画活用もじわじわと広がり始めます。Webデザインは、アイデアの宝庫のように次々と目新しい表現が実装され、最盛期へ向かって突き進んでいきます。また、JJギャレットの本が日本語訳され、UXの考え方が日本にも本格的に上陸した時代です。

記事一覧:デジタルデザインの未来をWeb30年史と考える


サワディカーヽ(^o^)丿
FOURDIGIT / CREATIVE SURVEYの代表取締役をしています。 FOURDIGIT は東京・大阪・バンコク・ホーチミンにデジタルデザインを提供する Design & Tech Companyです。