ついにアイツがやってきました。そう、リーマンショックです。【Web30年史】2008-09
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ついにアイツがやってきました。そう、リーマンショックです。【Web30年史】2008-09

デジタルデザインの未来をWeb30年史から考える。今回は2008-2009年の出来事を中心に振り返ります。

2008年ごろも変わらずFlashのインタラクティブコンテンツが賑わっていました。2004年ぐらいから始まったFlashコンテンツも、いくところまでいったなという感じもあり、画面の中だけでできることは限界に達しようとしていました。そして、とうとう2008年のリーマンショックの波が始まり、それが過ぎたあたりで、大きな二つの潮流に分かれていきます。

その頃FOURDIGITは…
僕たちFOURDIGITは組織が成長して50人ぐらいになっていていました。中規模のWebサイトを作るチームでしたが、そこからリーマンショックの影響もあり、ニーズの変化の中で担当する案件の内容が徐々に変わってきた頃です。


Flashコンテンツのピーク

Flashコンテンツの全盛期は2010年の手前あたりの頃だったかな。デジタルデザインの中で大きな比重を占めていたFlashコンテンツ。

全盛期のクリエイティブは今見ても、なにこれ凄くない!?っていうものが多いです。
roxikさんが作ったPictaps、THE ECO ZOO、thaさんのFONT PARK、PARTYさんのREC YOUなど、いや〜すごい…!、という感じ。


3D表現も取り入れたり、動画と連動したり、インタラクティブももはやゲームレベルの操作感を実現していました。こういったものだけでなく、一般的にWebを作るということにクオリティは必要とされたし、ある程度高いレベルで実装されるサイトも珍しいことではなくなっていきました。

THE ECO ZOO。3D表現とコンテンツも気が利いていて細部までかわいい。

こちらもROXIKさん。どういうこと?!?!っていう。

FontPark。中村勇吾さんのtha ltd.

hello world by qubibi。プログラミングでこれを書くにはどうしたら……?

他にもすごいものはたくさんありました。海外でもFWAなどのWeb Awardが注目されて、世界中でリッチな体験を提供することが当たり前のようになっていきます。


全盛期を迎えたとはいえ、まだまだWeb表現によってインパクトを生み出すことができていたので、アイデア次第で色々やれる可能性は感じられていました。それこそ動画、リアル連動、3D表現、複雑なアニメーションはFlashで作ることのメリットがありました。なので、ここからもまだまだすごい!系のサイトは技術を取り込みながら進化していきます。

ただ、社会の動きに応じて少しづつ役割が変化していきます。


日本のネットプレイヤー

2008年には、先行して上場していたIMJに続き、NetYearが上場します。大きくなっていくWebビジネスの中で、Webシステム開発、サイト制作、コンテンツ制作、運用、集客などを広く請け負っていくプレイヤーとなりました。
NetYearのように、単にWebサイト制作だけでなく、その周辺のデジタルマーケティング業務もカバーしています。


通常の企業サイトだとしても、プロモーション・メディアプランニング・ブランド・コンテンツ・分析や解析・オペレーション・インフラ・セキュリティ、などなどが関連して高度化します。

デジタルを活用してビジネスを成功させることを考えると、戦略的に考えていかないとコストもかかるし、成果も出づらい、単にインパクトを狙ってコンテンツだけで突破しようとすると、その分野だけに想定以上に比重をかけないといけないという状況になっていきます。

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領域が広がっていくとIMJやNetYearといった会社は、プロダクションであることよりもWebインテグレーターという色合いが強くなっていきました。

クライアントが必要としている包括的なWeb活用、コンテンツ制作、デバイスへの対応、増えていくCMSやCRMなどのツール活用、アナリティクスやSEO、いろいろな文脈で検討される必要がある企業のデジタル施策に寄り添っていくには、広く見えていることによるメリットを活かすようなやり方がフィットしたのだと思います。


プロダクションの色合いもあったIMJやNetYearは、クライアントのニーズに対応するために、Webインテグレーターの色合いを強めていきます。

当初のIMJはデジタルハリウッドからの血筋なので、映画を作っていたり、クリエイティブをかなり重視していた印象があります。当時のIMJ代表の樫野さんとお話しさせてもらったことがありますが「これからのコミュニケーションはWebやモバイルが主体になるから、その土壌で勝負しなければならない」と強く言っていたのを覚えています。

僕は「それはそうだろう」と軽く考えていたけど、実際に既存の市場がある中、最前線で戦うのは大変だっただろうと思います。どんな分野でも色々なチャレンジや波があり、最初に切り開いた人たちがいます。

IMJはCCCと博報堂と資本提携、NetYearは上場することを選択していきました。当時のNetYearは電通と繋がりも深かったため、今振り返れば、IMJとNetyearはいわゆる広告領域も巻き込んだデジタルマーケティングの盛り上がりの象徴的な2社だったようにも思えます。


リーマンショックの影響

2008年9月のリーマンショック。

「起こりました!」の時点では、いきなり影響を受けることはありませんでした。発端は、アメリカ発の不動産系金融危機だったわけですが、その波が少し遅れて到達します。


1年経つと日本での日経平均株価は1万2千円台から6千円台に下落し、1年の倒産件数が1万5千件になったそうです。

将来の見通しが暗ければ投資は控えるし、明るければ投資は進む。個人も不安が大きければ貯蓄を増やす。リーマンショックのような危機が起こると必要以上にお金の流動性を下げてしまうので、不況になります。

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tradingview.com より作成

この危機の中で成長を続けたのが中国。「世界の工場」から自国の内需へと成長。北京オリンピックもあり、2010年には日本を抜いて世界第2位の経済大国になります。

2006年から2012年ぐらいまで世界のTOP10にたくさん中国企業がいますが、BATHたちもこの経済成長の波の中から出てきたプレイヤーです。


日本の代理店やプロダクションの中国ブランチもこの時期増えました。そういえばもう少し先でしたがSONICJAMの上海ブランチに、4Dのメンバーがお邪魔したこともありました。今はこの当時出ていったほとんどのチームが引き揚げていると思います。


私たちデジタルデザインの業界の中でも、当然ですが影響を受けました。クライアントの会社自体が傾いてしまうこともあれば、予算が小さくなることもありました。

FOURDIGITも当時、Webサイトを制作すること以外に、広告の一部を代理する業務も請け負っていました。利益率は低い業務でしたが、広告予算そのものは大きいので売上規模がそれなりに大きかったのです、そんな中、リーマンショックによってクライアントの事業運営が傾き、広告費用が回収できないのではないか!?という状況に直面しました。だいぶ焦りました。これはやばいかも……という。結果的には、なんとか回収できて一安心という着地を迎えることができましたが、心理的にはヒヤヒヤもので、広告代理業務はもうやめておこう……という結論にもなりました。


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2008年 日本の広告費 電通NEWS RELEASE

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2009年 日本の広告費 電通NEWS RELEASE

当たり前だけど、お金がないときには何かを削減しようとします。結果が見えづらいものや成果が見えづらいものに対して予算が付きづらくなります。

こういうときは、抽象的なものより具体的なものが重視されやすいですよね。結果が見えづらいものより見えやすいもの、実際のもの。


広告宣伝費は1年単位で予算化される性質のものなので、人件費や設備費と違って、減らす・増やすがやりやすい。そういった理由もあって広告宣伝費は、リーマンショック下で予算の調整対象となり、影響を受けやすかったと言えます。


一方で、電通「日本の広告費」によると、リーマンショックでもインターネット広告は減っていない、となっています。

インターネット広告は、いくらかけるといくらぐらいページビューがあり、そのページビューから、いくらぐらいの問い合わせや購買につながったのか、が分かりやすい。局地的な個別の減った増えたの事象はあるにせよ、全体としては、結果が見えやすいもの、見えにくいもの、の仕分けにも耐えうるものだったのだと考えられます。


デザインシンキングというコンセプト

アメリカのデザインコンサルティング会社、IDEOのティム・ブラウンが『Change by Design』という本の中で「デザインシンキング」というコンセプトを打ち出しました。

そのほかにも「デザインはデザイナーに任せるには重要すぎる」という有名な言葉もあります。この頃から、デザインという言葉の中に、「スタイリング」や「ビジュアルデザイン」というものと、もっと広い意味をもった"広義のDESIGN"というものが意識的に共存し始めていきます。

もともとデザインというのは、スタイリングやビジュアルデザインだけでないのは当たり前なのですが「表層・見た目のデザイン」と「ビジネス・サービスデザイン・体験デザイン」というものと区別していく流れができ始めました。

特に、デザインとビジネスの関係性において、Appleの成功は大きなインパクトがありました。デザインはビジネスにとって重要なことである、そしてそれは、表層の見た目のデザインだけでなく、体験全体のデザインをすることである、そうやってAppleは成功したのだ、というもの。

『Change by Design』はデザイナー向けの本ではなく、クリエイティブリーダー向け、組織向けである、と書いてあります。ビジネスにデザインが重要である、という考えが広く伝わり始めたのは、このティム・ブラウンの「デザインシンキング」というコンセプトが非常に大きかったと思います。日本もそうですが、きっと世界中でも同じようなコンセプトが提唱されて、デザインコンサルティングの会社が出現していきます。


ついにFacebookの登場

SNSの業界にも大きな変化が現れます。Facebookです。

2008年・2009年でFacebookのトラフィックは全世界でTOP3に入ってきます。2007年はMyspaceというSNSが、世界のトラフィックランクで5位でしたので、MyspaceからFacebookへと一気に様子が変わったように見えます。

Facebookが現れた当初は「実名SNS」と呼ばれていました。もともとアメリカのハーバード大学でのインナーコミュニティ向けの実名SNSではじまりアイビーリーグへ広がって世界に広がっていきました。今までにあったSNSと大きくは変わっていないですが、ネットとリアルを分けた関係性ではなく、実名SNSだけにリアルの関係性と近いものでした。

何か今までなかったものを生み出すというより、もともと潜在的にあったユーザーにとって決定的なものを作ることで一気に市場を変えています。

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Facebookは今でこそ企業価値世界5位の企業ですが、僕は当初、大したサービスじゃないと思っていました。別にあってもなくてもいいし、もともとmixiもTwitterもあんまりやらないし、と思っていました。

しかし実際やってみると実名のコミュニティはかなりパワーが強かった。僕は2010年からアカウントを持っていますが、同じ中学、高校、大学、なんかの、昔の友だちがどんどん繋がっていく感覚は新しかったのです。「オオォ中学の〇〇じゃん!今何してんの?」的に、古い友達を見つけてFacebookで連絡を取れる感覚はとにかく斬新でした。

Facebookのこの体験がユーザー定着の肝になっていたので、"古い友達がいない若い世代" はFacebookやっても全然おもろないんでしょうね。

もともとLINEとかで繋がっているのが当たり前ですもんね。


次回予告

Flashの全盛から、リーマンショック。経済活動が不安定な時期が2年ほど続きます。その影響はデジタルデザインに大きな変化をもたらしていきます。Flash論争によって放たれたWeb標準とその発展。スマホの普及。そして、一番の大きな流れは、Webやデジタルの世界に対して、ビジネス活動としての要求が次第に「リッチよりもリターン」へと強まっていったことでした。

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最高ヽ(^o^)丿
FOURDIGIT / CREATIVE SURVEYの代表取締役をしています。 FOURDIGIT は東京・大阪・バンコク・ホーチミンにデジタルデザインを提供する Design & Tech Companyです。