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きらちゃんのゆううつ

 きらちゃんは小学2年生。
 さいきん「ゆううつ」という言葉をおぼえた。
 それは、せんしゅう、学校で飼っていたうさぎさんが天国に行ってしまったから、ちょっと考えることがふえたせい。
 もう、おばぁちゃんだったから……仕方ないんだけれどね。
 そんなことがあってから、おうちで飼っている犬さんも「いつかいなくなっちゃうかも」って考えたら、なんだかモヤモヤして仕方がないの。
 お父さんがね、そういう気持ちのことを「ゆううつ」って言うんだよって教えてくれた。ゆううつって、なんだかいいにくい。
(いいにくい気持ちってことかな?)
 それともうひとつ。この前から、担任のえーこ先生が「さんきゅう」と言って学校にこなくなっちゃった。「さんきゅう」って、ありがとうっていみだよね? なぜ?
 おともだちのまひるちゃんがわらうの。「産休(さんきゅう)」って、赤ちゃんを産むためにおやすみすることだよって。
(まひるちゃんは、なんでもしっててすごいなぁ)
 そんなまひるちゃんの口ぐせはね、「そんじょそこらのおこさまじゃないわ」なの。
(そんじょそこら……って、なに?)
 それでね、えーこ先生のかわりに、ときどき、きょうとう先生がじゅぎょうをしてくれることになったの。たいいくとずこう。
 とってもやさしいおじいちゃん先生で、なんとなくだけど、おうちの犬さんを思い出すの。きょうとう先生が犬みたいってことじゃなくてね……えーとね、にこにこが、おなじだから。
(あれ? きょうとう先生もいなくなるの?)
 きょうとう先生は「さんきゅう」とは言わなくて、春になったら「たいしょく」っていうのをするんだって。退職(たいしょく)したらもう、学校の先生じゃなくなるんだよね。
 学校でしか会えない先生に会いたいときはどうしたらいいんだろう?
「まひる、きょーとー先生きらーい」
「どうして?」
「だっておじちゃんだし、なんかやだ」
「ふーん」
「きらちゃんもでしょ?」
「え? あ、うん……」
 まひるちゃんはよく、きらちゃんもでしょ、きらちゃんもだよねって、学校のことや気持ちのおそろいをしようとするの。それがダメってわけじゃないけれど、ちょっと「ちがうなぁ」って思うこともある。
 だって、本当はね、きらちゃんはきょうとう先生がすき。
 犬さんに似てなくてもすき。
 でもまひるちゃんに「きらちゃんも……」って言われると、のどのおくの方がきゅっとなって、なにも言えなくなっちゃうの。だって「ちがうよ」って言ったら、まひるちゃんがないちゃうような気がするから。
 これも「ゆううつ」なのかな?
「はやくたいしょくしちゃえばいのに。ねぇきらちゃん」
「え、ぅ、うん」
 学校のかえり道、まひるちゃんはかならず一回は言うの。だからそのたびに、きゅっとして、ちょっとくるしい。
 きらちゃんは、きょうとう先生に本当はやめてなんてほしくない。だから、いつもへんな言い方になっちゃう。だけど一度だけ、まひるちゃんに「どうしてきらいなの?」ってきいてみたことがある。
そしたらまひるちゃんが、
「だって、あの年まできょうとうしかできずにタイショクなんてうだつのあがらないおとこって、ママが言ってた」
「うだつ?」
 きらちゃんにはなんのことだかちんぷんかんぷんだったけれど、ものしりのまひるちゃんにも、本当はなんのことだかわからないんだって。
「でもママ。いやーなかおして言ってたから、きっとわるいことよ」
(うだつって、わるいことなの?)
 おじいちゃんがきょうとう先生ではダメなの?
「うだつ」と「ゆううつ」は、少しひびきがにているけど、ちがうのかな? 
 きらちゃんのあたまの中は、このごろなんだかおおいそがし。子どもはそうやって大きくなるのよってお母さんは言うけれど、ちょっとつかれちゃう。本当にちゃんと大きくなってるのかな?
 きらちゃんには、わからないことばかり。
 目に見えないけれど、きっと、まいにち少しずつ子どもは大きくなるのね。そうしてしらない言葉もふえていく。

「ねぇ犬さん。こんど、バレエのはっぴょうかいがあるの。犬さんにも見てもらいたいなぁ」
 きらちゃんは犬さんのごはんの時間になると、むしゃむしゃ食べてる犬さんの耳もとにいつも話しかけている。犬さんはガツガツとおちゃわんをならしながらごはんを食べて、ときどき「ん?」ってかおをしてきらちゃんをみる。そしてにこにこってするんだよ。
 犬なのに「にこにこ」ってへんかなって思うけれど、だってそう見えるの。きっとまひるちゃんに言ったら、またわらわれちゃうね。だからナイショ。だけどホントはね……。
「犬さん、すっかりおじいちゃんだね。ようちえんのころはいっしょにかけっこできたのにな……」
 きらちゃんは、ちょっぴりさみしい気持ちになり、
「どこにも行かないで。犬さん。きょうとう先生のなにがわるいの? すきって言っちゃダメなの?」
 ついそう言ったけれど、犬さんは、いつものようににこにこするだけ。

 ある日、たいいくの時間にかけっこしていたら、おとこの子とぶつかって立てなくなっちゃった。
 そしたらきょうとう先生がすぐきてくれて、ひょいってきらちゃんをだきあげて、ほけん室までつれていってくれたの。きょうとう先生、かっこよかったけど、ちょっとはずかしくて、ちゃんと「ありがとう」が言えなかった。
 ほけんの先生に「ねんざです」って言われたけれど、よくわからなかった。でも、ゆかに足をつくとね、ズキンズキンっていうから、その日はだいすきなバレエのおけいこができなかったの。
「はっぴょうかい出られないね」
 って、先生が言うの。
 でも、きらちゃんはあきらめたくなかった。こんどのはっぴょうかいは、はじめてひとりでおどらせてもらえるんだもの。だって!
「いっしょうけんめい、れんしゅうしたの……だから、出られないなんて言わないで」
 きらちゃんは先生にひっしでおねがいをした。先生はちょっとこまりがおで、はっぴょうかいに出ることはゆるしてくれた。でも、はっぴょうかいまで「れんしゅうはしてはいけません」って言うのよ。
 それじゃぁいみがないじゃない!
 れんしゅうはダメって言われたけれど……。
「れんしゅうは一度でも休んだら体がなまる!」
 だから、さぼらないようにって、いつも先生が言っていたのよ。
 きらちゃんは、バレエのおけいこも「休んでいいよ」と言われたけれど、れんしゅうができなくても、ちゃんとおけいこにかよったの。
 おけいこじょうのすみにすわって、ただじっとみんなのれんしゅうを見ながら、曲をきいて「イメージトレーニング」っていうのをしていたけれど、ときどき体がうごきそうになってむずむずしてた。だからおうちにかえってからおへやでね、ゆーっくり少しだけれんしゅうしていたの。
 バレエのはっぴょうかいの少し前に「いたくなかったられんしゅうしていいよ。でもむりしないでね」って、先生が言ったの。だからうれしくていつもみたいにおどろうとした。でもね……。
 ピケターンからのシェネがじょうずにまわれなく なっちゃった!
 だから、はっぴょうかいまでひっしにがんばった。前の日のとおしげいこでもゆらゆらしちゃって、みんなにくすくすされている気がしてかなしくなった。
 おなじ曲をおどるめいちゃんが、
「これじゃぁわたしの方がじょうずね」
 なんていうのよ。
 くやしくて、その日はなみだが止まらなかった。
 また「ゆううつ」がやってきた……?

 はっぴょうかいのその日。
(しっぱいしたら、どうしよう)
 きらちゃんは「ゆううつ」におしつぶされそうで、モヤモヤがばくはつしそうなくらいふあんでいっぱいだった。
「どうしたの? きらちゃん。れんしゅううまくいかなかったのかい?」
「きょうとう先生。どうしたの?」
「たいいくの時間、先生のふちゅういでケガさせちゃったからね。きらちゃん、れんしゅうができなくなるっておちこんでいたから、しんぱいで見にきちゃったよ」
「見にきてくれたの?」
 たいいくの時間にケガをしたのは、きょうとう先生のせいじゃないのに、しんぱいしてきてくれた。
「きょうとう先生。ゆううつって、しってる?」
「きらちゃんは、むずかしい言葉をしっているね」
「うん。お父さんに教えてもらったの。だって、うさぎさんがしんじゃって、おうちの犬さんも、いつかいなくなっちゃう日がくるかも……で。まひるちゃんはだいすきなおともだちだけど、のどがきゅってなるし、バレエも……。だから」
「そうか、そうか。それはしんぱいだったね。でも、今もつづいているのかい? ゆううつは」
(いま……?)
 今は、きょうとう先生のかおを見たら、それまでのモヤモヤがあふれてきて、おかおが赤くなるくらいたくさんしゃべってた。

 ゆううつ……って、なんだっけ?

 きょうとう先生のいつものにこにこが、ゆううつをけとばしてくれたみたい。
「犬さ、うぅん。きょうとう先生。あたし、がんばるから、しっぱいしてもちゃんと見ていてくれる?」
「ちゃんとさいごまで見ているよ。だいじょうぶ、れんしゅうがんばったんでしょう」
「うん、いっしょうけんめいれんしゅうしたの。はじめてひとりでおどるのよ、フロリナ王女のバリエーション。きょうとう先生が見ていてくれたらきっとしっぱいしない」
 だから、いまは、
「だいじょうぶ!」
 きらちゃんはとってもうれしくて、うれしいのに、なぜだかちょっとなきそうになった。
(きょうとう先生。犬さんのかわりに、ちゃんと見ていてね)
 きらちゃんはドキドキしていたけれど、しっぱいするかもしれないっていうふあんは、いつのまにかなくなっていた。

 はっぴょうかいがおわったら、ちゃんと言おう。
「きらは、きょうとう先生がスキ……」




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