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『108センチ』だった乳の変遷

(写真はAV女優時代の自分)
我が家は、父方も 母方も「巨乳」の家系である。
もうみんな見事に巨乳である。

高校生の頃C カップだった 私も、妊娠した途端にどんどん おっぱいが大きくなって、息子を産んだ時には、108 cm の巨乳になっていた。

息子を見るたびに母乳がびゅーびゅー出てくる。
テレビで子供を見ても母乳が びゅーびゅー 出てくる。
息子を抱いて外出しても、ちっちゃい子の声を聞くと、もう絶え間なく母乳が出てくる。

ちっちゃい息子が母乳を飲んでお腹いっぱいになって眠ってしまう。
その後は、延々と搾乳 である。
初めのうちは、母乳を冷凍しておいたけれども、もう次々と母乳が出てくるので、息子が飲み尽くした後の余った母乳は、台所で搾乳して片っ端から捨てていた。

母乳パッドなど何の役にも立たなかった。
すぐびちょびちょになった。
服はいつも、母乳パッドをつけていてもそれ以上に母乳が溢れてくるので、左右両方のおっぱいの部分が、瞬く間に母乳 でびっしょりになった。

このふんだんな母乳が止まったのは、前夫の会社の倒産がきっかけであった。
バブル崩壊第一波。
その波を受けて、親会社からバタバタと夫の会社まで連鎖倒産した。
夫が会社に行く前、二人でニュースを見ていたら、親会社の倒産の ニュースが流れた。
慌てて 夫が 確認の電話を入れた。
そして 夫は振り向いて、「お母さん。ロンだよ…」と言った。
その瞬間、ピタリと母乳が止まった。

そんなわけで夫の会社の借金を返すため、また我々家族の生活費のため、AV 女優になった。
ところが 問題があった。
母乳が止まった おっぱいは、108 cm である。
ものの見事に痩せてしまった私は、おっぱいが垂れて縮み、おっぱいが急激に大きくなって行った時出来た脂肪の割れた 筋が、哀れを装うように目立つようになってしまったのだ。

というわけで、「おっぱい出し NG」とAVメーカーから言われた。
二十歳。「おっぱい出し NG」。
なかなか切ないものがあった。
それで最初のうちは、ブラジャーをつけてアダルトビデオに出る羽目になった。
私は色々 ぐちゃぐちゃなことをやる、「企画AV 女優」というものになったので、途中からはおっぱいなんて関係なくなり、大きなメーカーじゃない限りおっぱいは出すようになった。

当時 私はSM 雑誌で、責め絵や文章を書いていた。
掛け持ちにつぐ掛け持ち、熟女雑誌 まで 手を広げた。
3日徹夜はザラであった。
他にもアダルトビデオの AD の仕事をやっていた。
レフ板を持って立ったりライトを当てたり、買い物の使い パシリをしたり、小さな現場ではカメラを持つこともあった。
それをやりながらAV 女優を続けた。

過労で激痩せした。
おっぱいがシャレにならなくなった。
豊胸手術を受けた。
「自然にこう、垂れた感じにしたいので、小さめのパック 入れてください」
担当医も、私もおっぱいを見てくれ、
「ああ、その方がいいですね。自然な感じに仕上げますよ!」
そう言ってくれたのだった。

ところが 手術 当日。
私が 麻酔が効いてきたところで、突如、担当医の上司が現れた。

「ダメダメ!!皮が余っちまうじゃねーかよ!!かなりおっぱいおっきいじゃん!!特大 入れろ 特大!!特大パック!!」

「いや でも ご本人の意向で、自然に垂れた感じにと言う…」

「だからこの人おっぱいおっきいじゃん!!いいから 特大 入れろ!!」

このパワハラのせいで、私は超巨乳になったのだった。

おっぱいのパックを入れた後、パック と筋の癒着を防ぐため、マッサージをしなければならない。
それで通院するのだが、スタッフがどんなに 力の限り頑張って マッサージしても、パックが大きすぎて、揉みきれなかった。
そして 結果的に、パックは癒着した。

仕事は待っている。
稼がなければならない。

私は AV を引退したあと、アダルトビデオの編集マンとして就職し、それをやりながらストリッパー も始めた。

統合失調症の悪化により、私は食べるということを忘れてしまい、ガリガリに痩せた。
体だけは ストリップの稽古で鍛えているから筋肉はある。
しかし魅惑的な体を作る脂肪が一切ないのだ。
そこで おっぱいがどうなるかと言うと、異様に目立つわけである。

あばらが浮いているというのに、おっぱいだけが正位置にでっかくあるのだ。
しかも 癒着して。
癒着しているということは、どんな動作をとってもおっぱいが動かないのだ。
仕方がないので、衣装を作った。
おっぱいを固定しているかのような、おっぱいだけ出たちょっと コルセットのようなブラジャーを作ったのだ。
それでもやっぱり 目立つ。

舞台に立つと、「え?!あのおっぱい 本物かよ?!」と言ったざわつきが出る。
時には手を伸ばして、舞台の上の 私のおっぱいを触り、偽物か本物か確認する 客もいた。

舞台は、鎖と鎖で男性のパフォーマーと足を結びつけ、プロレス さながらに、どちらがマウントを取れるかといったバトルをやり、最後私が ペニスバンドで犯す、といったものから始め、どんどん アーティスティックな耽美な方向に舞台を持って行った。

そのうち 評判が良くなり、おっぱいを気にする客は誰もいなくなった。
純粋に「ショーを見てくれる」男性客や 女性客が増えた。

密かな問題があった。
うつ伏せに寝ていると、パックが筋と癒着しているため、「ゴリッ」となるのだ。
最初はその度に、「え ?!もしかして乳がん?!」と病院に行っていた。
そのうち単純にこれは、筋との癒着の問題であるということが分かった。

身体を鍛えたり、栄養を補うために、「大豆イソフラボン」を摂取すると、おっぱいが見事に丸みを帯び、痩せていても巨乳になる。

現在私は51歳のオバサンである。
忙しくて激痩せしている。
裸になって鏡を見ると、おっぱいだけはまるまるとで巨乳で、あとはお尻もぺったんこ、ガリガリである。
「大豆イソフラボン」を常にとっているので、おっぱいだけが丸みを帯びてしまったのだ。

今はまだいい。
おばあさんになった時どうしよう。

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