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あなたが何をどれだけ失っても。

1月30日の コロナの隔離期間が終わって その日から、 お父さんは食事をとっていない。

コロナの後遺症の頭痛と 寒気、 微熱と抑うつ状態に 悩まされている。

お粥も食べられない状態である。
夜遅く起きてきて、 短い時間だけ目を開け、 ストーブ の前で 眠り、 一緒に横になった私の方が 眠ってしまうため、 明け方 お父さんが、

「 俺のためにごめんな、 ごめんな。 あなた疲れたろ」

そう言って私を布団に連れてきて、 しみじみと 足を揉んでくれる。

その後 2時間ほど 眠いんだか眠くないんだか 分からない 頭で起きているお父さんは、 明け方 6時 やっと眠る。

お父さんがどんどん弱っていく。
 
せめて 抑うつ状態だけから、 なんとか抜けさせたい。

起きている間のお父さんは、 自分を責めてばかりいる。

「 あなたには本当に申し訳ない。 こんな すぐ死ぬ じいさんの面倒 見させて、 俺は鬼だ。 せめて あなたに目を移植して 残したい。 そればかり考えるよ。
最近死ぬことばかり考えるんだ。
早く死んだ方が、 あなたの負担が軽くなるんじゃないかと。
あなた ろくなもん食ってないだろう。
俺は 最近 つくづく思うよ。
あの時出会わなければよかった。
あなたがこんなに苦労することなかったのに」

その度に 私はこう返す。

「 俺がどれだけ お父さんを好きだか分かってねえだろ。
お父さんは俺に何をしてくれた?
俺に命をくれたんだぞ?
俺を生かすために何回 苦労した?
数えきれないだろう?
お父さんは、 命を持って俺に命をくれたろう?
俺がお父さんにやっていることは、 まだまだ全然足りないんだ。
お父さんに関しては、 何をどれだけやったって やり足りない。
命くれた人に、 そうだろう お父さん。
俺の命の理由は、 お父さんの存在なんだから」

お父さんは ボソッと こういう。

「 知ってるよ。 あなたの気持ちは分かってる。 あなたに何も残せない自分が辛いんだ。 自分をおぞましいとすら感じる」

どうしたら、 本当にどうしたら、 お父さんがお父さんとして ただいてくれるだけで、 息をしてくれるだけで、 私が事のほか 嬉しいか、 お父さんは分かってくれるんだろうか。

例えばこういうことなんだよ。

お父さんこの先もっと老いて、 また 介護ベッドの生活になって、 例えば 認知症になったとしたって、 そんなのは 大した問題じゃないんだ。

血管性認知症になったり、 闘病してる間 何度も せん妄状態に陥ったり、 父さんは まるっきり喋れなくなったこともあった。

そんなの いっぱい見てるよ。

コロナの時だってそうだ。

お父さんは完全に認知症と同じ状態になった。

全く喋れなくなった日もあった。

だけれども その目が、 テレビの画面を見ながら、 嬉しそうにキラキラするのを見ているだけで、 私がどれほど嬉しいがわかるかい?

お父さんの心が踊っている、 目がキラキラする瞬間がある、 せん妄状態になって 活発に あれこれと 物をいじっては失くし、 後で二人で探す。

こんなことだって、 お父さんと 2人なら、 実に 愉快なことなんだ。

ただその目が キラキラと、 何かに反応して嬉しそうに 輝いているのを見るだけでも、 胸がギュッとなるくらい、 私は幸せなんだよ。

それが分からないのかい?

愛おしいんだ。
ただただ、 お父さんという その存在が愛おしいんだ。

トンチンカンなことしか言わなくなったって、 全く喋れなくなったって、 それは全然関係ないことだ。

お父さんの目が、 キラキラと光る 瞬間がある。

テレビの画面に 嬉しそうに反応したり、 紙に 万年筆で 縦線を何本も書いて 満足したり、 そういう お父さんを見ているだけで、 私の心がどれだけ 踊るかわからないのかい?

お父さん。
あなたが息をしている。
一言でも 言葉を発してくれる。
近くで眠ってくれる。
存在 していてくれるということが、 どれほど私を生かしているか、 どれほど私の生きがいになっているか、 それが分からないのかい?

昨日もあなたは言った。

「 俺なんか と一緒になったせいで、 ごめんな、 本当にごめんな。 会わなければよかったんだ。 知り合わなければよかったんだ。 あなたがこんなに苦しむことがなかったのに。 せめて満足に飯を 食ってくれ。 出前を取ってくれ。 あなたが倒れてしまうよ。 俺なんかのために、 あなたこんなに疲れ果てて」

そうじゃないんだよ お父さん。

どうすれば お父さんが 自分を責めなくて済むんだろう。

どうすれば お父さんが、 苦しまなくて済むんだろう。

私は押しかけ女房 なんだよ?
今の今に至っても、 お父さんの 押しかけ女房 なんだよ?

見てごらん 私を。

お父さんと一緒にいて、 お父さんに何かできる時、 こんなに 嬉しそうにやってるじゃないか。

お父さんに 良いことができたとき、 飛び上がるほど嬉しいんだよ。

お父さんの役に立てると、 お父さんの真似っこができた気がして、 良いことができて嬉しいんだよ。

そして お父さんが 自由奔放にしているとき、 それを 目の端っこで捉えて、 ああよかった、お父さんが 生き生きしている、 それが私の、 毎日の原動力 なんだよ。

私から離れないで。
私から気持ちを離さないで。
悪いなんて思わないで。
悔やんだりとかしないで。
それは残酷なことだよ。

私がこんなに、「 今のお父さん」 との日々に 満足していて、 大好きで、 嬉しくて、 目に入れても痛くないくらい 大切だと思っていて、 恋してるんだから。

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25歳 上の夫(令和5年、77歳。重篤な基礎疾患があります)と私との最後の「青春」の日々を綴ります。

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