見出し画像

『時間』

心から、愛しく思う人に、もっとも優しい時間を受け渡すとき、こんなにも、言葉が出てこなくなるとは、思ってもみなかった。

日常のどんな喧騒 も、すべて 穏やかにして、ふたりで、もっとも優しい時間を過ごすとき、こんなにも、心の芯に、静かな決意をひそめるなんて、思ってもみなかった。

もっと、こういった時間は、激しいものかと思っていた。

もっと、こういった時間は、きっぱりとした言葉が出るものだと思っていた。

やわらかな、ただやわらかな、なんでもないやりとりばかりが、ささやかな声で、優しく 柔らかく、交わされる。

私はいつものように、寝ぼけて夢を見ながらお父さんに報告し、朝 お父さんから、夢のつづきを聞かされる。

ふたりで転がって、菓子パンを分け合う。

「カステラのパン、うまいぞ」

「本当だ!なかなかうまいな」

そのあとの、ひよこの産毛のような、心地よい空気。

心から、命を想い合うとき、それはこんなに静かで、そしてとっても優しい。

いつか本当に、お父さんと、今生の別れが来る時は、私たちは、こんなふうに、一緒の空気の中で、静かに やわらかいやり取りを交わすんだろう。

死。

その気配 や、その歯車や、そのもしも。

ここから先は

677字

¥ 1,000

よろしければ、サポートお願いいたします!!頂いたサポートは夫やわたしの医療費や生活費に使わせて頂きます。