『時間』
心から、愛しく思う人に、もっとも優しい時間を受け渡すとき、こんなにも、言葉が出てこなくなるとは、思ってもみなかった。
日常のどんな喧騒 も、すべて 穏やかにして、ふたりで、もっとも優しい時間を過ごすとき、こんなにも、心の芯に、静かな決意をひそめるなんて、思ってもみなかった。
もっと、こういった時間は、激しいものかと思っていた。
もっと、こういった時間は、きっぱりとした言葉が出るものだと思っていた。
やわらかな、ただやわらかな、なんでもないやりとりばかりが、ささやかな声で、優しく 柔らかく、交わされる。
私はいつものように、寝ぼけて夢を見ながらお父さんに報告し、朝 お父さんから、夢のつづきを聞かされる。
ふたりで転がって、菓子パンを分け合う。
「カステラのパン、うまいぞ」
「本当だ!なかなかうまいな」
そのあとの、ひよこの産毛のような、心地よい空気。
心から、命を想い合うとき、それはこんなに静かで、そしてとっても優しい。
いつか本当に、お父さんと、今生の別れが来る時は、私たちは、こんなふうに、一緒の空気の中で、静かに やわらかいやり取りを交わすんだろう。
死。
その気配 や、その歯車や、そのもしも。
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