短編小説 決着【BL】15年後の同窓会 その10
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。
***
「唯志…」
「岩下…」
憲司と加奈子は、ほぼ同時につぶやいた。
唯志は、カウンターに近寄ると、憲司の隣に腰を下ろした。
そして、
「ちょっとカウンターでできる話とちゃうから、座敷に行こか」
きっぱりと、言い放った。
居酒屋のマスターに席を移ることを告げ、
「ほら、移動するで」
驚きで声が出ない憲司と加奈子に、移動するように促す。
座敷席に上がり、憲司と唯志が並んで座り、向かいあう形で加奈子が腰を下ろした。
とりあえず生ビール、と唯志はオーダーする。
「唯志、どないしたん?」
憲司が、気遣うような視線を唯志に向ける。
「どうしたもこうしたも、あるか。どうせお前のことやから、井上に言い寄られてんのとちゃうかな、と思ったんや」
唯志は、憲司には見せたことのない冷たい目で、加奈子の顔をちらりと見た。
「岩下、あんた何しに来たねん。岩下には関係のない話なんやけど」
加奈子もまた、きつい視線を唯志に向ける。
「関係ないことは、ない。大いにに関係のある話や」
運ばれてきたビールを、唯志はくいっとあおった。
「で?どうなん?憲司、井上に告白でもされたんか?」
さもおかしそうに、隣に座る憲司の顔を見る。
「あ…うん、まぁ」
憲司は曖昧にうなずき、カウンターから持ってきたビールを飲んだ。
もう、かなりぬるくなっている。
「憲司は優しいからなぁ…困ってるんちゃうかな、と思ったんや」
唯志は、ニヤリと笑った。
その顔立ちは、加奈子の美貌に決してひけをとっていない。
「で?岩下は何しに来たわけ?」
苛立ったように、加奈子は唇を尖らせた。
「何しに?憲司を取り返しに来たに決まってるやん」
優越感たっぷりに、唯志は微笑んだ。
加奈子とは対照的に、楽しそうである。
「取り返す?はぁ?意味がわかれへん」
加奈子は、ますます苛立っているようだ。
髪を耳に掛け、唯志をにらみつけている。
「唯志、お前…」
憲司は憲司で、どう言えばいいのかわからないでいる。
「憲司は優しいから、はっきり言われへんかったんやろ」
唯志は、憲司に微笑みかける。
「あ、でも俺、ちゃんと断ったで?」
そこは、憲司としては強調しておきたいところだ。
「断ったところで、井上が『はいそうですか』て引き下がったか?おそらく、そうとちゃうやろ。このタイプの女は」
図星をさされ、憲司は黙り込んだ。
加奈子は、まだ唯志をにらみつけている。
「憲司、俺からハッキリ言うで。ええな」
唯志は、強い口調で同意を求めた。
その表情は、決意を固めた者の、自信に満ちたものだった。
「うん、わかった。唯志、それでええんやな」
カミングアウトをするつもりだ、と憲司は察した。
「俺はかめへんよ」
唯志が、力強くうなずく。
そして、言葉を発した。
「井上、悪いけど…俺は憲司を井上に渡すわけにはいけへんのや」
まっすぐな目で、加奈子を見すえる。
「なんで…やっぱり『そういう関係』なん!?」
加奈子は拳を握りしめた。
怒りで、顔が紅潮している。
「そうや。だからこないだ、井上がスイカ持ってきた時、わかったわ。ああ、これは憲司狙いやな、て」
くくっと笑い、唯志は隣に座る憲司を横目で見る。
「でも岩下、こないだまで結婚してたんちゃうの。ノーマルやん。それやのに、なんで今さら北浜やねん」
加奈子は、なおも食い下がった。
「なんで…て言われてもな。こればっかりは、理屈で説明できへんな。俺は憲司のことが好きで、一緒に居たいだけや。憲司もそやろ?」
同意を求め、ふたたび憲司を見上げる。
「うん。俺はずっと、唯志のことが好きやったねん。まぁ唯志は、俺のことは同級生としか見てない…いやちょっと待て」
憲司は、先ほどの唯志の言葉を思い出した。
「唯志、今なんて言った?」
「ん?何?俺が憲司のことが好きや、ていう話か?」
こともなげに言って、唯志はビールをあおる。
「そうそう。お前俺のこと、同級生以上には見られへんかったんとちゃうんか?」
怪訝そうに言うが、その顔は満面の笑みを浮かべている。
「…それな。腹の立つ話やけど、今日憲司が井上から誘われて、それで自分の気持ちに気づいたんや。そんで、みすみす憲司を取られるわけにはいけへん、思ってな」
いったん言葉を切り、唯志はふたたび加奈子の顔を見た。
加奈子は顔を真っ赤にして、ブルブルと震えている。
よほど、プライドが傷ついたのだろう。
「こんなこと…他の同級生に知れたらどうなるかわかってんの?いい笑い者やわ」
加奈子は、せめてもの、反撃に出る。
「別にええよ。それで離れるヤツは、離れてくれたらいいし」
静かに答えたのは、憲司だった。
「フミとヒロヤは、わかってくれると思うしな。むしろ、祝福してくれるかもしれへん」
中学時代に仲の良かった同級生の名を挙げておどけたように言い、唯志が笑う。
「井上。俺はな…中学の時からずっと、唯志のことが好きやってん。申し訳ないけど、相手が悪かったと思ってほしい」
憲司は、加奈子に向かって頭を下げた。
「まさか…男に負けるとは思わんかったわ」
ようやくあきらめたのか、加奈子はため息をついた。
そして、「もうこれ以上用はない」とばかりに立ち上がった。
「昔から、岩下のことは嫌いやったわ。男のくせに、そこらの女よりキレイな顔して」
きっ、と唯志をにらみつける。
「そりゃ光栄やな」
唯志は、意地の悪い微笑を加奈子に向けた。
「……。」
加奈子は無言で靴をはき、店から立ち去った。
「あいつ、金払わんと行ってしもたんか」
ちっ、と唯志が舌打ちをする。
「まぁええやん。…てか唯志、お前けっこうキツイな」
半分呆れたように言って、憲司は唯志をまじまじと見る。
「そうか?別に普通ちゃうん」
ふふん、と笑って、唯志はジョッキに残っていたビールを飲み干した。
「…帰ろか」
憲司は、いつもの優しげな笑顔を向ける。
「うん。帰ろ」
唯志もうなずき、スニーカーに足を入れた。
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