短編小説 夏の香りに少女は狂う その1
このシリーズは、こちらのマガジンにまとめてあります。
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西暦2019年、7月。
和歌山県南部にある、小さな田舎町の高校では、終業式が行われていた。
ジジジジジ…
体育館の外では、セミがけたたましく鳴いている。
『校長、話長いねん。早よ終わってよ、ハゲ』
退屈な話を聞きながら、3年生のリンは心の中で文句を言っていた。
「なぁ、リン」
隣に座っている明美が、小声で話しかけてくる。
「ん?」
顔だけは正面を向いたまま、リンは応えた。
「夏休み、どうするん。どっか行くん?」
「いや、何も予定ないわ。この年になって家族と旅行とか、ないし」
リンは、夏休みをどう過ごすかを、全く考えていなかった。
「ほんなら、うちに遊びに来ぃや。今年はお兄ちゃんも帰ってくるし」
ひそひそと、明美がささやく。
「そやなぁ、そうしよかな」
答えたところで、担任教師の視線が厳しくなってきたのを感じた。
後でLINEするわ、とだけ言って会話を終了させた。
やたら長い、たいくつな終業式もようやく終わり、生徒たちはめいめい、荷物をバッグに詰め込み始めた。
後は、下校するだけだ。
そこかしこから、「夏休みどうする?」「彼氏と遊びに行くねん」などといった女子同士の会話が交わされている。
男子は男子で、やれ和歌山市内にナンパしに行くだの、合コンをするのしないのと、それぞれに盛り上がっていた。
「リン、さっきの話やけど」
帰り支度をしながら、明美が話しかけてきた。
「あ、明美んとこ、遊びに行く話?」
「そうそう。今年は親が結婚30周年とかで、2週間ほど旅行に行くんやんか。だから、泊まりにおいでよ。ちょっと合宿っぽいやん」
「まぁ、明美んとこやったら、うちの親も何も言わんやろうしなぁ」
リンと明美は、小学校に入学する前からの幼なじみである。
家も近所で、お互いの親同士も仲がいい。
「最後の夏休みやん、楽しもうや」
明美は、目をキラキラさせていた。
リンも明美も、高校卒業後は地元で就職することに決めている。
だから、最後の夏休みを思い切り満喫しよう、というのが明美の提案のようだ。
「ヨシくんは、いつ帰ってくるん?」
「んー、親が旅行に行くんと入れ替わり?まぁ親も、私ひとりだけ家に残すのは心配やからって、お兄ちゃんに監視させるつもりなんやろな」
「ヨシくん、もう何歳になったんやろ」
リンは子供の頃から、明美の兄である義之に可愛がってもらっていた。
お菓子を分けてくれたり、明美と一緒に夜店に連れて行ってくれたり。
明美と年の離れた兄だが、リンにとっても「頼れるお兄ちゃん」といった存在だったのだ。
「お兄ちゃんか?ええと、私より9歳上やから…もう27か」
「仕事は?高校出てすぐに、和歌山市内で就職したんちゃうの」
「いや、会社がブラックすぎて、今月いっぱいで辞めるらしいねん。だから、こっちで就職することも考えて、帰ってくるみたいやで」
「ヨシくんって、結婚してるんやでなぁ。奥さんも大変やなぁ」
リンは、ふと義之の面影を自分の記憶に求めた。
だが記憶にあった義之は、学ラン姿が初々しい少年のままだった。
義之がこの町を出たのは、リンがまだ小学4年生の頃である。
仕事が多忙だという義之は、帰省することもほとんど無かった。
だから、リンの記憶にあるその姿は、いつまで経っても学生のままだったのだ。
「ほんま、お兄ちゃんも何考えてるんやろ。お義姉さん、今妊娠中やで」
「そうなん?」
「うん。お義姉さん、今里帰り中やねん。子供が生まれたら、しばらく実家に居るみたいやで」
「そっかぁ」
リンには、想像ができなかった。
少年の面影しかない義之に、子供ができるなんて。
「あーあ、私らも彼氏とかおったらなぁ。そしたら、女二人で寂しく夏休みを過ごすハメにならんかったのに」
明美は嘆きつつ、「そろそろ帰ろか」とリンを促した。
→その2へ
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短編と言いつつ、長編になりそうな気がしなくもないです(笑)
思い付きで、プロットすら作っていないので、今後の展開は予想できません。
ご了承ください。
(何を了承するねん)
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