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ショートショート「不死の王」

連載や書き下ろし長編を書いている合間に、何ヶ月かかけて、こつこつと書いてきた作品です。

 3Dプリンターが実用化に向けて開発されたのは1980年代に入ってからだが、発展のために最も貢献した人物は紀元前2000年頃にメソポタミアで生まれた。
 21世紀に入って新たにバクダードの南二百キロの地点で発見された遺跡は、当初バビロニアの古代都市イシンの一部と考えられた。出土する壺や杯などの様式がほぼ一致していたからである。しかし地中深く作られていた石積みの倉から発見された粘土板が、その見解を大きく揺るがせた。それに記されていた楔形文字はありふれたものだったが、その内容がまったく理解できないものだったからだ。
 それは数字の羅列だった。何かの帳簿ではないかとも推測されたが、それにしては数値があまりに無秩序すぎた。しかしそれ以上に研究者を困惑させたのは、その数だった。出土した粘土板は優に十万枚を超えていた。そのすべてに同じような数字が刻まれていたのだ。
 研究者はその数字列をすべて翻訳し記録した。粘土板にはノンブルに当たるものも記されていたので、順序は容易にわかった。しかしコンピュータによる解析を試みても、数字の意味はわからなかった。
 解読に光明が見出されたのは、すべてのデータが公表され広く世界の知恵を求めるプロジェクトが発動して間もなくのことだった。ザンビアの高校生がこの数字自体があるアルゴリズムによって圧縮されたデータなのではないかと自分の解析の結果を公表した。それによって粘土板に記されていた数字は300倍の数値データとなった。圧縮に使用されたアルゴリズムは文法型の圧縮法でMPMに似ていたが、今まで使われていたどの圧縮法よりも高効率でエレガントだった。現在このアルゴリズムはデータ圧縮の新たなスタンダードとなっている。
 一方、解凍されたデータが何を意味するものなのか、それはAIによる解析で意外にあっさりと説き明かされた。が、同時にその結果は世界中の人間を困惑させた。
 まさか4000年も前に3D CADのための中間ファイルが作られていたなどとは、誰も信じられないだろう。
 しかしデータを既存のCADソフトに読み込ませたところ、明確な形となって表示された。
 それは直方体の集合からなるひとつの建造物だった。いささかなりとも古代メソポタミア文明についての教養を身につけた者なら、それが何なのか一目で理解できた。煉瓦を積み上げて作られた巨大な聖塔――ジッグラトである。データはその建造物の詳細な形と寸法を内部に至るまで精密に再現していた。
 これは到底、偶然の産物とは思えない。粘土板に記されていたのは、明確な意志をもって作られた設計図だったのだ。
 ほぼ90メートル四方の底面に、同じく90メートルの高さがある7層の建築物。その大きさと形状から紀元前7世紀頃にナボポラッサル王が建設に着手し、その息子ネブカドネザル2世のときに完成した「エ・テメン・アン・キ」の設計図ではないかと一時期は推測されたが、年代的にみると粘土板が製作されたのが300年ほど後のことなので、その説は捨てられた。どうやら今まで知られていなかった巨大ジッグラトであるらしいのだが、すでにジッグラトの建設が行われなくなった時期にこのような形で設計図を残した意味もわからなかった。
 さらに研究者を混乱させたのは、その内部構造だった。中には空間というものがほとんどなく、びっしりと煉瓦が詰め込まれている。ただ頂上から底辺に向かって傾斜を持つ通路のような隙間が複雑な形状でジッグラト内を巡りながら形成されていたのだ。それは煉瓦を積み上げるような工法では決して作ることのできないものだった。
 こんなものを誰が何の目的で設計したのか。古代史の権威から建築設計の第一人者まで、多くの専門家がこの“建築物”の構造と用途の謎について議論を戦わせたが、結論はひとつだった。
 実際に作ってみるしかない。
 現代なら設計図どおりのものを作ることは可能だと3Dプリンターの技術者が計画を発表した。すでに大型建築用のプリンターは実用化している。それを使えばそれほど苦労することなく作り出すことはできるだろう、と。
 その計画はかつてアポロ計画で月面着陸を行ったときにも似た昂奮を世界中に巻き起こした。“古代の遺跡から発見された現代技術でしか建造できない建築物”を作り出すという物語に人々は興味をそそられたのだ。資金はクラウドファンディングで苦労することなく集まった。
 どこに作るかという点についても議論はほとんど要しなかった。粘土板が見つかった遺跡。他に相応しい場所はなかった。

 着工から半年ほどでジッグラトは完成した。
 完成セレモニーは建設に関わった人々を集め、聖塔の頂上で行われ、全世界にネット中継で配信されることになった。
 感動的ではあるが退屈なスピーチがいくつか行われた後に壇上に立ったのは、粘土板の数値を解読したザンビアの若者だった。彼はその偉業が知られた後も、多くの大学や研究所の誘いを断り地元の大学に進学した。
「今日は記念すべき日です」
 世界中に配信されていることを意識していないのか、若者は壇上でも自然な笑みを浮かべていた。
「この計画にどれほどの意味があるのか。理解できているのは僕ひとりです。どれほどの時間が費やされてきたのか、知っているのは僕ひとりです。だから成就の喜びを噛みしめることができるのも、僕ひとりなのです。セレモニーに列席している方々、そして配信で見ている方々に、僕の歓喜の瞬間を眼にすることができる栄誉を与えましょう」
 およそ謙虚さから懸け離れた若者の言葉に、出席者の間から不審の声が漏れはじめる。しかし彼は気にする様子もなく続けた。
「僕はこの計画を綿密に、長い時間をかけて実行してきました。どれくらいかって? およそ4000年です。発端は紀元前2059年でした。僕はこの地で奴隷として生まれました。ここでジッグラトの建設に駆り出されていました。なかなか過酷な生活を強いられました。まあ、現代の人間でも同じような目に逢わされている者は多くいますが。しかし僕には他の人間と違っている点がありました。不死身の体を持つことです。笞で打たれても傷は瞬く間に癒え、石積みの最中に事故に巻き込まれ巨大の石の下敷きになっても、僕ひとりが生還しました。
 僕の特異体質は、やがて周囲にも知られるようになりました。それは良くないことでした。悪魔と罵られ、何度も殺されました。そのたびに生き返る僕は、さらに疎まれ憎まれました。そんな境遇に耐えられなくなり、僕はこの地から逃げ出しました。
 僕を助けてくれたのは経験でした。百年二百年と生きてきた間に数多くの知識を得、生き延びる術を身につけました。体も脳も衰えることなく、僕は人類のあらゆる知識と経験を吸収していったのです。
 そんな人生を300年ほど過ごしたとき、ある変化が起きました。突然僕の知識が広がったのです。過去に積み上げてきたものだけでなく、未来に得るであろうもの、人類がこの先獲得するであろうものも含め、すべての知識を自分のものとすることができたのです。
 どうやら人間の脳は、数百年の生を得て知識を蓄えていくことができると、あるとき臨界点を超え、アカシックレコードとリンクすることが可能になるようです。普通の人間はそこまで長く脳を使うことができないので、僕のようになるのは不可能でしょうけどね。ともあれ僕はピタゴラスの定理や万有引力の法則や一般相対性原理から氾濫する川の灌漑法、荒れ地に作物を育てる方法、鉄の精錬法、月へロケットを飛ばす技術も身につけました。人間が知ることになること、すべてを知ったのです。
 その知識の中には、まだ皆さんがご存じないものもあります。たとえば時間を遡り、過去へと移動する方法とかね。
 時間遡行の方法を知ったとき、僕は自分の願いを叶えることができると思いました。旅をすることです。自分の原点へと戻る旅。生まれた時代に遡って、かつて奴隷であった自分を解放するんです。そのためには準備が必要でした。僕ひとりを過去へ飛ばすにも、巨大な装置が必要だったのです。
 もうおわかりですね。そう、このジッグラトこそが、時間遡行装置です。粘土版はそのために僕が刻みました。いつか人類がこの建造物を作ることができるようになったときのために。今が、そのときです」
 若者は足下にある直径一メートルほどの穴を指差した。
「この穴から落下していく間に時間遡行が始まります。僕は正確に自分の生まれた年に帰ることができます。暫しのお別れです。すぐにまた、お会いしましょう」
 そう言うと若者は、穴の中に身を投じた。
 その瞬間、人々は今やっと眼が覚めたかのように瞬き、あたりを見回した。
「見てのとおりだ」
 声が響く。貴賓席に座る若者が立ち上がっていた。
「と、言っても君たちはあの瞬間を記憶してはいないだろう。たった今、円環が閉じたのだ」
 人々はその言葉の意味を理解しないまま、彼に向かって頭を垂れた。
 四千年の長きに亙って人の世を統治する絶対の存在。不死の帝国の不死の王に向かって。


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