太田忠司
noteで見つけたレシピを保存
これは僕が最初にホームページを作ったとき、プロフィールに添えて公開したもので、星新一ショートショートコンテストで優秀作を受賞してから専業作家になるまでの経緯を綴っています。ホームページ自体が古くて読みにくくなっているので、こちらに転載します。なにせ28年も前に書いたので記述自体に古さもありますが、そういうものだと思って読んでください。 第一回 接触編 今でも「小説現代」という雑誌で行われている「星新一ショートショートコンテスト」という企画があります (2024年の注 今
カルチャーセンターで小説の書き方について教えていたとき、生徒さんからキーワードを出してもらって即興で書いてみせた作品です。 「何だって?」 思わず訊き返した。 「だから、空の国です。俺の故郷」 彼は繰り返した。 俺たちがいるのは屋根の上だった。といってもまだ瓦は葺かれていない。建設途中の住宅だ。 昼休み、五月の柔らかい風が吹く中、俺は最近会社に入ってきたその男に話しかけた。おまえ故郷はどこなんだ、と。話の取っかかりのつもりだったが、あまりに意外な返答に戸惑う。彼は言
これは以前、東京新聞と中日新聞に掲載した作品です。 ------------------------------ インターフォンが鳴りつづけている。無遠慮で一方的な音が止まらない。耳を殴られるようだ。麻美は我慢できず、包丁を置いて玄関に向かった。 ドアを少しだけ開ける。外にいるのが誰か確認しなかった自分の迂闊さに後から気付いたが、もう遅い。 隙間から覗いたのは、金色の髪だった。 「あ、瀬田です。隣の204号の」 金髪頭の男が言った。 「先週引っ越してきました」 「あ
これは僕にとって大切な存在だったある本屋さんのために書いたものです。 『本屋さんの一日』 本屋さんの朝は早い。 毎日夜明け前に畑に出て、収穫時期を迎えた本を見極め、背中の籠に入れる。 陽が昇る頃には籠いっぱいの本が新しいインクの匂いを漂わせる。 本屋さんは重い籠を背負い、えっちらおっちら歩きだす。ツグミがその背中にエールの声を送る。 店に戻ってくると本屋さんは収穫したばかりの本を棚に並べる。 これが結構難しい作業で、下手な並べ方をすると前から置いてある本が不
「ここが“わたしたちの世界”の終わりです」 先生が教えてくれた。 叶慧は先生が指差したところを見た。金属でできた大きな壁があるだけだった。 「この向こうには、何があるんですか」 隣に立っていた一真が訊くと、 「“外の世界”です」 と、先生は答えた。 「“外の世界”は人間が生きることのできない、恐ろしいところです。この壁は、その恐ろしいものからわたしたちを守ってくれているのです」 そして先生は、この世界の成り立ちを教えてくれた。 「ずっとずっと昔、地球では恐ろしい病気
先日、ある本格ミステリ作家さんから聞いた話が、ずっと心に残っている。 その作家さんが取材されたときのこと。記者に、 「本格ミステリって、何ですか?」 と、質問されたという。 どう答えたらいいのか迷った作家さんは、 「では、あなたが考える『ミステリ』ってどんなものですか?」 と、逆に問いかけてみたそうだ。すると、 「殺人みたいな謎があって、トリックがあって、それを探偵が解決するものです(正確ではないけど、そんなような内容)」と答えたそうな。作家さんは、 「それ! それ
「次はいつ?」 また言われました。 新刊の感想です。 これまでも何度も何度も言われました。 ただ一言、「次はいつ出ますか?」とだけ。 デビューして間もない頃は、これ言われると結構傷つきました。 次はいつ、って、今これを書いたばかりなんだよ。次の本がどうとか言う前に、今あなたが読んだこの作品の感想はないの? あの頃はまだ年末のミステリベストにランクインしたいとか、ベストセラーになりたいとか、そんな欲もあったし、それが僕にも可能ではないかと期待もしてた。だから作品
記事にルビを付けられることになったようなので、どんなものなのか試しに書いてみます。 最後の夜 ウエイターがグラスに注いだスパークリングワインが黄金色の泡を踊らせていた。 「乾杯」 彼が差し出したグラスに、わたしも同じ言葉を添えて合わせる。 「いい夜だね」 ホテル最上階の窓からの夜景を見つめる彼の横顔は、珍しく憂いを浮かべている。 「こんなことになって、本当にすまないと思っている」 「いいのよ」 わたしは言う。 「あなたにはあなたの生き方がある。わたしにもある。それが交
先日、株式会社パートナーズさんから新商品「ショートショートnote」なるものが送られてきました。 以前から懇意にさせていただいているショートショート作家の田丸雅智さんとおもちゃクリエーターの高橋晋平さんが共同開発した「noteで小説が書けるカードゲーム」だそうです。 一般のカードゲームのようにプレーヤーがカードを引き、そのカードに書いてあるワードや条件などからショートショートを作り、その出来を競うというものです。 もともとショートショートというのはひとつのアイディア
恋愛映画を観に行く、しかも二回も。僕の人生にはなかったことをした。 「花束みたいな恋をした」のストーリーを簡単に言えば、若い男女が出会って愛し合った後に別れるまでの顛末を描いたものだ。それが僕には新鮮だった。 よくある恋愛ドラマは恋の成就で完結する。恋の破局が描かれる場合は、それなりのドラマチックなエピソード(死による永遠の別れ、みたいな)が用意される。 しかしこの映画は、どちらでもない。ふたりがお互いの想いを確かめあってハッピーエンド、でもなく、悲劇的で感動的なラス
北野勇作さんの提案に刺激され、僕もいくつかマイクロノベルを書いてTwitter上で公開してきました。 2020年に書いたものを、ここにまとめておきます。
連載や書き下ろし長編を書いている合間に、何ヶ月かかけて、こつこつと書いてきた作品です。 3Dプリンターが実用化に向けて開発されたのは1980年代に入ってからだが、発展のために最も貢献した人物は紀元前2000年頃にメソポタミアで生まれた。 21世紀に入って新たにバクダードの南二百キロの地点で発見された遺跡は、当初バビロニアの古代都市イシンの一部と考えられた。出土する壺や杯などの様式がほぼ一致していたからである。しかし地中深く作られていた石積みの倉から発見された粘土板が、その見
きっかけは、このニュースでした。 作家仲間と「これ、ちょっと気持ち悪いね」とTwitterでやりとりしているうちに、こんな話を思いつきました。 エレベーターのドアが開いた瞬間、吸血鬼と眼が合った。 長く伸びた犬歯から血が滴っている。さすがに身じろいだ。 その女性は何事もなかったかのように私の傍らをすり抜けて、オフィス棟へと歩いていった。その後ろからは涎を垂らした分厚い舌を剥き出しにした男、唇を縫いつけている女、イノシシのように下顎から牙を剥き出しにしている老女など、次から
この先の世界のことをぼんやりと考えていたら、こんな物語になりました。 立錐の余地もない、という状態を久しぶりに見た。狭い空間に集まっているのは、全部で二百二十四名。みんなステージに眼を向け、欲望を剥き出しにしている。私は唾棄したくなる気持ちを抑えながら、彼らを観察した。 ステージの照明が一斉に消えると、期待の籠もった歓声があがる。その後にスポットライトがひとつ灯って、中央に立つ男を照らしだした。 「さあみんな、準備はいいかい? これから君たちが見たかったものを存分に見せ
15年くらい昔にイタリアの作家Massimo Soumare'氏に依頼されて書いた短編です。イタリア語に翻訳されアンソロジーに収録されました。いつか日本でも発表できればと思いながら、今までその機会がありませんでした。なのでこれまでこの作品はイタリア語でしか読まれていません。 これからも日本で読んでもらえる機会はなさそうなので、ここで公開します。 怪獣は子供の頃から好きで、今でも怪獣映画のブルーレイを観たり「週刊ゴジラをつくる」を定期購読してゴジラを作り続けています。 怪獣の
一目惚れというものが本当にあるなんて、自分の身に起きるまで信じていなかった。 「はじめまして。〇〇です」 そう挨拶してきた彼女を前にして、僕は文字どおり雷に打たれたような気持ちになった。名前を記憶に留められなかったのも、その衝撃のせいだと思った。 それから何度か顔を合わせる機会があった。そのたびに僕は彼女に惹かれ、思いは募った。 一か八かで食事に誘ってみた。彼女は笑顔で応じてくれた。その日、緊張している僕に優しく微笑みかけてくれた彼女を見て、僕は逃れられない運命のよう