映画『あ・く・あ 〜ふたりだけの部屋〜』(86min/2021)試写版を観る

監督・プロデューサー・編集・整音・音響効果:中川究矢
企画・脚本:平谷悦郎
音楽:おおくぼけい(アーバンギャルド) 主題歌:木乃伊みさと

出演:小泉ひなた 櫻井保幸 関幸治 今城沙耶 石川雄也 高崎二郎 園部貴一 伊澤恵美子 川連廣明 小橋秀行 加藤桃子 川瀬知佐子 紺谷凪乃
大葉かやろう(おかわり) 八つ橋てまり(おかわり)

映画『あ・く・あ 〜ふたりだけの部屋〜』(86min/2021)のオンライン試写版(クラウドファンディングの特典)を観る。

この映画は、ウーバーイーツのような自転車配達の仕事をしている崎山、喫茶店で働く聡子といった日常の時空間と、「あ・く・あ」と呼ばれる非日常の異空間、2つの時空間で出来ている。

日常の空間で、崎山はたぶんプレカリアート(非正規雇用による不安定階級)的な経済環境が反映しているのだろうが、常に自分に自信がなさげで、存在感がなく、配達先で知った聡子の部屋を覗き見しようとしたりする。聡子もまた、一週間に一度不倫相手と逢う以外は、カフェでぼーっと突っ立っているだけで、死んだような眼をしていると店で言われている。

ここで、「あ・く・あ」という異空間が劇中に現れる。「あ・く・あ」は、安部公房の『砂の女』に出てくる蟻地獄のような砂の世界のようで、本人たちの意思に反してドアを開けると現われ、不可抗力で、その世界に落ち、自分の意志では外に出ることが出来ない。中には水の入ったペットボトル等、最低限のものしか置かれていない。

「あ・く・あ」とは何なのか。この異空間は、最初、崎山だけに現れていた。ストーリーの過程で、崎山が出会う隕石の話が出てくるが、このSF的な伏線により、何でもありが可能になる。次に、「あ・く・あ」を、聡子も見るようになるが、聡子には過去にトラウマになるような監禁事件の経験があるようである。或いは、過去のトラウマが原因で、乖離が起き、想像の世界を見るようになったのかも知れない。

聡子は、崎山を嫌っている。何しろ、覗き見するような男である。嫌いな男と自分の意思に反して一緒にいないといけない「あ・く・あ」の世界は、サルトルの『出口なし』のような閉鎖空間での状況劇と化し、心理状態は、極端な振り子運動(攻撃と受容、性と死)に至る。ところが状況が長く続くと、安部公房の『砂の女』と同じように、聡子が「あ・く・あ」の女となり(小泉ひなたの圧倒的な存在感)、非日常の方が日常になり、日常が非日常になってしまう。

脚本家の平谷悦郎は、「あ・く・あ」の設定を、コント番組「笑う犬」の、南原清隆扮する「小林はじめ」の部屋から、ネプチューンの原田泰造が出られないという話から思いついたと言っているが、この設定は人間の本性を明らかにする仕掛けとして機能し始める。

劇中の音楽と主題歌の作曲は、アーバンギャルドのおおくぼけいが担当しており、「ジムノペディ」風の静かな曲調の時は、俯瞰的に深く考えるようにさせ、ロック調の軽快な曲調の時は、物語の喜悲劇の展開を愉しみ、最後は木乃伊みさとによる主題歌「朝が落ちてくる」で〆るという感じで、音楽によって見る印象が変わってくるように思えた。

「あ・く・あ」の場面が出てきた時、最初はとまどうかも知れないが、最後まで観ると、その意図がわかり、全体的なつながりが見えてくるようになっている。

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