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尾道

一月の尾道は、思いの外寒い。
北を山に、南を海と島に囲まれたこの小さな町は、冷たい風を集める器のような形をしているのだ。

私は広島で仕事の合間に観光がしたかった。
「広島に来たのなら、尾道の千光寺がいいですよ。」
広島に住む知人の女性にメールで名所を尋ねると、そう紹介してくれた。
だから尾道にきた。

千光寺は小高い山の上にある。
駅前から続く商店街、その途中に千光寺へのルートを見つけた。
ルートと言っても、民家の裏手道をすり抜けるような細い坂道がいくつも続いているだけだ。

平日ということもあり、人はほとんどいない。
坂道を一人登って歩いていると、一人旅らしい若い女性が前から降りてきた。
尾道の風に女性の髪はなびいて、すれ違いざまに優しい香りが華やいだ。

私は、ふと広島に住む知人を思い出す。
あの人は、この坂を少女のように軽やかに駆け上がったりするんだろう。
彼女はきっと、冷たい空気を優しく吸い込んで、微笑みながら話し掛けてくれるに違いない。

気づけば20分程歩いていて、千光寺が目の前にあった。
千光寺の少し上に展望台があり、そこから見下ろす尾道の景色は確かに綺麗だ。
この景色を見せたかったのかと感謝をしながら、
彼女をもっと誘えば一緒に来れたかもしれなかった後悔が、風と共に私の顔を引っ掻いていった。

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