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猫の介護が始まった

飼い猫のくるみは、御歳数えること18歳、人間で言えば88歳に相当するらしい老齢猫だ。

御歳(おんとし)なんて揶揄ってみるのは、この世に現代の飼い猫ほど恵まれた境遇のイキモノは無い!と思っているから。

夫などは毎朝、冷たい車に乗り込むのが嫌で、寒い中エンジンをかけに表に出て戻ると

くるみちゃんはいいねえ…
暖かい部屋で、ずっと寝ていられて。

とため息をつく。

私はすかさず

でも20年くらいしか生きられないわよ?

と揶揄う。

✳︎

前に飼っていた猫は23年生きた。
あまり懐かない黒猫で、いつも人気のない二階の寝室のベッドで過ごしていた。

野性味のある、黒豹のようなしなやかな体つきをしていた。
冷蔵庫から魚を取り出すと匂いを嗅ぎつけてトントントントンと階段を降りてきて、足元にまとわりついてねだった。
その時ばかりは人なつこい可愛らしい仕草をした。
なかなかに生き上手だ。

子どもたちが成長し、二階を個室にあてがい出したタイミングで、居場所がなくなったと感じたのか、向かいの叔父さんの家に居を移した。

叔父さんの家の猫になったのである。

それからは猫好きな叔父さん一家に、それこそ猫可愛がりに可愛がられ大切にされ、そこで23年の生涯を終えた。

クロちゃんは最期の場所を選んだんだね。

飼い主として見限られたのか…

亡くなる前に不思議なことがあった。

ある朝玄関で箒を使っていると、クロちゃんがひょっこり現れた。

クロちゃん、おかえり、さあ、お上がり。

と言うと、ひと声

にゃあ。

と鳴いて、踵を返し女豹の如く去っていった。

数日後死んだと聞いた。
動物専用の霊園にて手厚く葬ってくださった。

あれは最期の挨拶に訪れたのか、それとも、人間が最期は生まれ育ったふるさとの家を想うように、猫も里心がついたのか…

✳︎

くるみは三年位前から餌を巧く摂れなくなった。
医者の診たてによれば自己免疫疾患の口内炎とのことだった。

難病でこれといった治療法がなく、定期的にステロイド投与と栄養剤を点滴することで体力を温存し凌いでいる。

ステロイドの投与は確実に身体を蝕む。
回復したように見えるだけで命は縮んでいる。

口腔内が荒れているのでしきりに痛がるが、それでも食べる意欲はまだ旺盛だから、治療を止める気持ちにはなれない。

猫は言葉を話せないから、もう生きなくていいですよ、なんて言わない。
食べる限りは"生きたい"のだと思う。

そのくるみも、とうとうトイレの始末ができなくなった。
この間から、トイレの外にこぼしたり、寝床にしている布製の囲いの中にするようになった。

敷物の、そこここに水たまりがあって、うっかり踏んで歩いてしまうので敷物を外した。

喜んで食べたものを丸ごと吐き出していることもある。

これなら食べられるか?あれはどうかと試行錯誤をして食べる意欲を失わせない。

テレビで、猫の生涯30年計画?とやらのコマーシャルを見かけた。

30年か…あと、12年。

どう?

と、くるみに問うてみる。

くるみはなにも答えない。


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