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眼鏡がないと困ります

次々にメガネが壊れたので順番に今あるものに掛け替えていたら、ついに最後の二つになった。
今日は三つまとめて修理に行こう。
壊れたと言っても、ツルが歪んだりネジが外れているだけなのだ。

一、二年に一度の割で見えにくさを感じて、その都度眼科を受診している。
直近で一ヶ月前だったが特に異常なし、裸眼でコンマ1だからそれほど悪い方じゃなく、視力は約五十年落ちていない。

それの前まで通院していたのは市内で人気の眼科で、ひどく待たされてほんの数秒(現実には数分だろうけど体感的に)の診察だったので、別のところに変えた。
看護師さんによる問診で既往歴を聞かれたので、小学生の時に受けた斜視の手術のことを話した。
とっくに時効だろうけれど、半世紀以上も身体を使い続けていると、古傷がなんらかの支障をきたしているということがある。
若い時には筋力や代謝の良さでカバーできていたのが、ゆるゆると緩んでくるのかもしれない。

医師は一連の診察が済んだ後に再びカルテに目をやり、もう一度見せてくださいと言った。
斜視の手術跡があると告げ、次いで特に見え方に影響していないし他人から見て気づかれるレベルでもないと言った。
他人からどう見えているかについて考えたことが全くなかったので、新しい気づきだった。

斜視の原因は母の言葉によると、斜め方向からテレビを見ていたせいであるとのことだった。
生まれつきや遺伝的なものでないのを暗に示していたのかもしれない。
小学生だったので特に疑いもしなかった。

埼玉県の深谷市の「山の病院」と呼んでいた、うっそうとした林の中にある病院で手術を受け入院生活を送った。
幼いきょうだいらがいたので父母の付き添いはなかった。
手術は局部麻酔で、目をぱっちり開けてするのだった。
細い銀色のメスが自分の目のフチに滑り込んで来たが痛みはなく、不思議と怖くなかった。
不自由だったのは、両目を覆いぐるぐるに包帯を巻かれ、見ることが全くできない数日間だった。
誰かの見舞いか、母が買ってきたものか、オルゴールを手渡された。
私は手でそれを確認した。

母がネジを巻くと、早いテンポでメロディを繰り返し、だんだんと遅くなり終わり頃には途切れ途切れになった。
止まったと思うと、忘れたころにポロン…と鳴った。
白鳥の湖のメロディである。
蓋を閉めると音は止まり、開けると音が鳴り始めた。
箱は中で二つに区切られていた。
片側は四角い物入れになっていて、もう片側の真ん中には小さな人形のような突起物があった。

見えないから耳で聞くものを与えたのだろうが、私はオルゴールを見たくて見たくてたまらなかった。
首を90度横に向け、最大横目にして包帯の隙間からそれを見た。
突起物はプラスチック、ではなかったろう、柔らかな樹脂製だった。
チマチマと小さいながら整った顔が描いてあり、鼻がつんと尖っていた。
頭には鳥の羽のカチューシャを刺していた。
両腕を胸の前で交差させて、ピンク色のレースを重ねた円形のスカートを穿いていた。
細く長い脚も膝のところで交差させ、ピンッとつま先立ちした足首に巻きついたリボンが描かれていた。
プリマドンナは、メロディと一緒にクルクルまわった。

オルゴールはその後何年か家にあったが、いつ頃からか無くなった。

さて、メガネである。
みんな壊れて使えるのは二つ、どちらも近視専用で近くのものが見えにくい。
二つのうちの一つは、運転用に買ったもので丸い大きな色つきのトンボ眼鏡のようなのだ。
これが意外に使いやすい。
フレームが大きいので視界が広く、薄めの色ではあるがサングラスだから眩しくない。
遠近両用眼鏡の、レンズの境界らへんのどっちつかずな見えにくさがなく、近くは見えないのがいっそ清々しい。
外して見ればいいだけのこと…
しばらくこれでやってみて、修理の際に近視専用と老眼用に分けるのもいいかもしれない。

しかしこのトンボ眼鏡、ちょっとお遊びが過ぎていて、普段かけるのは気が引けるのよね…
まあ、夏の珍事ということで…




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