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あんた誰?って感じの患者が死んだ時の話

 1週間ほど前から入院していた患者が、他の病棟から私がいる病棟に転入してきたのだけど、転入してきたその日の夕方に死んだ。そしてその日の受け持ちは私だった。



看護師は2交代または3交代で、出勤した時に初めて自分が受け持つ患者を知ることがほとんどだ。
長く入院していた患者であれば、「あー、はいはいこの人ね」と顔見知りという感じがするが、特に私がいる急性期の病院というのは患者が目まぐるしく変わるため、失礼を承知でいうなら出勤して患者の顔をみて「今日の担当〇〇です。宜しくお願いします。」と挨拶しつつも、「あんた誰?」状態である。患者も同じ気持ちだろうけど。


その日は夜勤だった。
出勤し、自分の受け持ち患者が誰なのかを確認し、その患者のカルテをみて情報収集する。

その中にAさんという患者がいた。
カルテを見るかぎり、Aさんはいつ亡くなってもおかしくない状態だった。90歳代のご高齢で、「積極的な医療処置は望まず、自然な流れを家族は希望している」と記載があった。家族は毎日面会しており、心の準備も整いつつあるような看護記録もある。
90歳で今回の入院が人生で初めての入院らしいAさん、大往生である。


日勤の受け持ち看護師から申し送りをもらい、Aさんのところに挨拶に行く。もう痛み刺激にも反応はなく、もちろん私の声に対する反応もない。私はクソみたいな看護師だけど、一応声が聞こえている聞こえていないに関わらず、必ず声をかけるようにしている。そこだけはちゃんとやる。
「〇〇です。宜しくお願いしますね。」と声をかけると、それまでの呼吸とは違い、ずいぶんと深い呼吸を一つしたところで呼吸がとまった。

「え、もしかして今の最後の呼吸だった!?そんなことある!?!?」


と目ん玉が飛び出そうになりながらも直ぐに家族へ連絡した。幸い家族が面会のために病院に向かっている最中であり、直ぐに病院に到着した。家族が悲しみに暮れる中、私に「どんな最後でしたか?」と訪ねてきた。


「しらん。ついさっき初めて顔を見たところだ。」と思いつつも、

私は少し残念そうな顔に表面上を整え、少し低くめの落ち着いた声色にして答えた。

「苦しむことなく、穏やかでした。」

わぁっとご家族が涙を流す。
なんだかコントのようだ。
勤務前、必死にカルテで情報収集した甲斐があった。だがしかし詐欺師になった気分だ。
記録から読み取れる情報であって嘘はついてないが、まるで自分がそれまでの過程を見守ってきたかのように伝えていることにやや罪悪感もあった。
けどしょうがない。
ここで
「私は今さっき初めてAさんと顔を合わせたところです。カルテ上でしかAさんのことは知りませんが、どうやら苦しんだ様子はないみたいですね。」
なんて答えたら家族はどんな顔をするか。
家族はこんな回答を求めてはいない。

その後葬儀会社が到着しAさんとそのご家族を見送り、私は休憩に入り夜ご飯を食べた。いつもと変わらない。気持ちに変わりはない。
自分が冷たい人間にも思えたけど、よく考えたらそんなことはない。ついさっき初めて出会った人間、しかも大往生ときて、家族に見送られて悲しんでもらえる人もいる。そんな人が死んだことに対して悲しむ人間がいるんだとしたらちょっと訳が分からない。


 夜勤明け、病院を出ると外の風は冷たくも清々しく、私は伸びをしながら「いやぁ、死んだね」と夜勤を共にした同期に話しかけると、「死んだねじゃないよ(笑)」とツッコまれた。素早いツッコミが嬉しかった。


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