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身代わり狸物語  「第4話」

4 学校での噂

 太郎は、日課になってきた、狸の水やりを済ませてから、次郎と二人で登校する列に参加しました。班長さんの敦子ちゃんは、皆を整列させて待ってくれていました。
「今日は、何と何を食べていたの?」
 と敦子ちゃんが聞いてきました。
「柿にみかんに、ご飯も食べていたよ。敦子ちゃんのくれた食パンもなくなっていたし、パンが、一番好きみたいだ」
 と太郎は、得意になって答えました。
 皆が狸の面倒をみるのは、夕方だけに決めて、朝は、太郎だけが、飲み水を交換することに決めていました。この頃では、太郎達が、狸を飼っていることが近所の噂になって、皆が見に来るようになりましたが、ほとんど小屋の一番奥の窪みの穴から出てくることはありませんでした。
「野生の狸は、ほとんど慣れることがないから、何時までも飼ってはおられないかも知れないな。また、子供に噛みついてもいけないから、注意するように……」
 とある日、お父さんが、心配そうに太郎に言いました。

 太郎が、二時間目の授業が終わって、トイレに行くため、渡り廊下に出た時、あの三人組が待ち構えていました。
「おい! 太郎、狸を飼っているそうだな。あの時の尻尾の白い狸なのか?」
 と浩三が、不思議そうに言いました。
「あの時の尻尾の白い狸なのか?」
 と実るも、繰り返して聞きました。
「そうだよ! お父さんが、悪い食べ物をはかせて助けたんだ。お父さんは、狸のことにはくわしいんだから……」
「でも、ほとんど死んでいたよ。竹で突いても動かなかったぞ! あの狸じゃなく、別の狸だろう?」
 とゴマすりの仁太が、〝信じられん〟という素振りを見せました。
「そんなに疑うのなら、見に来いよ! 尻尾の白い狸だから……」
 太郎は、この意地悪三人組と対等に話せるようになった自分が、嬉しくて仕方がありませんでした。
「狸は、パンが好きだから、見に来る時は、パンを持って来いよ!」
 と条件までつけました。
「よーし、今日、帰りに見に行くから……」
 と浩三が、真剣な顔で言いました。
 太郎は、自分の家を教えてから、最後に、
「餌のパンを忘れるなよ!」
 と念を押して言いました。パンなど少しも欲しくありませんでしたが、狸を殺そうとしたり、これまで意地悪ばかりされていたので、無条件では見せてやれないと思いました。

 四時ごろ、三人組がやって来ました。三人は、それぞれにパンを一個ずつ持って来ていたので、早速、鶏小屋に案内しました。
 小屋は、青いシートで囲まれているので薄暗く、小屋の奥の窪みの穴の狸が良く見えませんでした。
「あの時の狸かどうか分からんじゃないか!」
 とゴマすりの仁太が叫びました。
「間違いないよ! 尻尾の白い狸だよ」
 と言って、太郎が、三人組が持ってきたパンをちぎって、奥のほうに投げ込みました。
 これまで、人の気配がする時は、ほとんど奥の窪みの穴から出てこなかったのに、むっくりと出てきて、投げ込んだパンの切れ端に近づいてきて食べ始めました。よほどお腹を空かしていたのか、めずらしい光景でした。
 見ている者全員に、尻尾のつけ根の辺りに白い模様があることがハッキリと分かりました。これであの時、死にかけていた狸であることが証明され、太郎は、ほっとしました。


「太郎のお父さんは、すごいなあ! あれだけ弱っていた狸を生き返らせるんだから……。神業だよ!」 
 と浩三が、感心して溜息をつきました。
「すごい! すごい! 神業だ!」
 と実も繰り返しました。
 橋の上から川に捨てようとしたことを思い出したのか、仁太も、決まり悪そうにうなずきました。
 狸は、珍しくこちらの様子を伺うような素振りをして、二つの丸い目を光らせました。


 5 狸との別れ

 狸は、この頃、子供達が見に来ていても、時々、穴から出てきて餌を食べるようになりました。このことが人気となり、この頃では、近所の子供達だけでなく、川向こうの集落の子供達までもが、学校の帰りにわざわざ遠回りして、パンや果物を持って見に来るようになりました。

 また、あの意地悪三人組もパンを持って、三日にあげず来るようになっていました。
 ところが、三人組が来た時は、毎回必ず、小屋の奥の窪みの穴の中から出てきて餌を食べるので、太郎は、何時も不思議でなりませんでした。
「三人組が、竹の棒で突いた上に橋の上から川に流そうとまでしたことを、狸は、忘れたのだろうか? わざわざ出てきて元気な顔を見せてやらんでも良いのになあ……」
 太郎は、何時も心の中で思っていました。

 狸を助けてから一カ月が過ぎた、ある日の夕食の後、
「この頃、大勢の子供が来て騒いでも、狸があまり驚かなくなったし、狸に会いたいため、わざわざ学校の給食を残して持ってくる子供もいるのではないかと心配している。この前から言っていたように、何時までも狸を家で飼っておくわけにはいかないから、あまり慣れない内に自然に帰してやらないといけないと思っているんだ」
 と、お父さんがつらそうな顔をして話を始めました。


「嫌だよ! 嫌だよ! 狸さんの面倒は、ぼくが見るよ!」
「ぼくが、パンをやるから逃がさないで……」
 次郎と、三郎が悲しそうな顔をして必死に頼みました。太郎は、お父さんのつらそうな顔をじっと見て、言葉を飲み込みました。
「この間、社長の友人の建設会社の社長から、『関東方面で人員が不足するから、二、三人応援によこしてくれないかと頼んできたそうだが、希望者が無いので困っている。この社長には、会社を設立する時に、大変お世話になっており、義理があるので派遣を断ることができない。独身の社員から希望者を募っているが、どうしても行くものがいない時は、君にも無理を言うかもしれないが、その時はよろしく頼む』と相談を受けている。そんなことにでもなると、お父さんは、狸の面倒を見られなくなる」

「お父さんは、毎日、朝早く起きて、太郎達が起きるまでに、狸の掘った穴を埋めたり、狸の糞を集めたり大変だったのよ。休みの日には、魚や昆虫やミミズを取りに行ったりね。お父さんが、世話が出来なくなると小屋の掃除にも困るし、昆虫やミミズや魚などをやらないと栄養がかたよって病気になっても困るわね。」
 とお母さんが心配そうに言いました。


 太郎は、お父さんが自分たちの知らないところで、狸の面倒を見ていてくれたことを知り、引き続き飼っていたいとは言い出せませんでした。
「お父さんが子供のときに飼っていた狸は、あまりにも長い間飼っていたので、山の中に逃がしてやっても、すぐに小屋に戻ってきて困ってしまった。どうしても自然に帰すことが出来なくて、最後は、動物園に引き取ってもらったが、あの時の狸との分かれは本当に辛かった。お前達に、そんな辛い思いをさせたくないのだよ。自然の動物は、早く自然に帰して自立出来るようにするのが、私達の務めだからね!」


 お父さんは、中学校時代の辛かった思い出を、昨日のことのように涙を浮かべながら話してくれました。
「だんだん夜も寒くなってくるので、一日も早い方が良いと思っている。そこで、今夜から小屋の扉を開けて置くようにするから、やりたい餌があったら、この後すぐにやるようにして欲しい」
 とお父さんは、次郎と三郎の不満そうな横顔を見ながら、静かに言いました。
 次郎達は、お父さんの決意の固さを感じていたのか、それ以上、誰も文句を言いませんでした。それぞれに狸のために残していたお菓子やパンなどを持って小屋に行きました。隣の敦子ちゃんと敦子ちゃんのお母さんにも、同じ知らせがしてあったのか、りんごとみかんの切れ端を持って、お別れに来ていました。


 狸は、薄暗くなった小屋の穴の中から、丸くて黒い目を二つ光らながら、こちらのようすを伺って出てきませんでした。
「これからだんだん寒くなるから、病気をしないで、いつまでも元気でいてね!」
 と子供にでも言うように、敦子ちゃんのお母さんが言いました。
「お腹が空いたら、遊びに来るのよ!」
 太郎達のお母さんも、いつの間にか出てきて言いました。

このように、狸とのお別れは、皆で行いました。


 翌朝、太郎が起きた時には、もうお父さんが狸のことを把握していました。
「まだ、野生が抜けてなくて良かったよ。夜中に小屋を出て行ったようだ。良かった、良かった。二、三日待っても、ここに戻ってこないことを祈るよ」
 とお父さんは、一安心したようでした。
「自分で出て行ったのだから、戻ってはこないでしょう?」
 お母さんが、お父さんを安心させるように言いました。太郎も、これで良かったのだと自分に言い聞かせていました。

 狸と別れたことは、すぐに学校での噂になりました。二時間目の休み時間に、あの三人組が、トイレの前で待っていました。
「狸を自然に帰したそうだが、本当か?」
 といきなり浩三が聞いてきました。
「狸を逃がしたのか?」
 と実が繰り返しました。
「お父さんが、『野性の動物をあまり長い間飼っていて、人間に慣れ過ぎると、野生に戻れなくなるとかわいそうなので、元気になったら一時も早く自然に帰す』と昨夜、小屋から出したのよ!」
 と太郎が、自信を持って言いました。
「少し慣れて来たのに、もったいないな」
 とゴマすりの仁太が、さも残念そうに言いました。
「君のお父さんは、立派だよ。偉い! 偉い! 感心するよ!」
 浩三が、うなるように言いました。
「この間、父の友人の動物園の園長さんに電話して、〝狸が何を食べるのか?〟 とか、〝どういうことに気をつけたら良いか〟などと聞いたとき、園長さんが、『狸は、野生動物だから、素人が買ってはいけないのだ。あまり人間に慣れてしまうと自然に戻しても、自分で餌がとれなくなり、病気になり死んでしまうことになる。人間が養うのなら、動物園のように、専門に勉強した飼育員のいるところでないと、飼ってはいけないことになっているのだ。野生に帰してやるか、それが出来ないのなら、動物園に持ってくるようにして欲しい』と言われていたんだよ」
 といかにも残念そうに言いました。


 太郎は、何時も威張ってばかりいる浩三にも、こんな優しい一面があることを知り、自分との共通点を見つけたようで、少し親しみが湧いて来たような気持ちになりました。
「君のお父さんは、動物園の園長さんと同じ考え方を持っており、それを実行したんだから、立派なものだよ。ぼくは、君のお父さんを尊敬するよ!」
 浩三は、心からお父さんのやったことをほめたたえてくれました。
「君のお父さんは、尊敬するよ!」
 と実もゴマすりの仁太も何時ものように相槌を打ちました。
 二時間目の休み時間の終わるベルが、けたたましくなりましたが、今日の太郎には、このベルの音が、心地よい音に聞こえて嬉しくなっていました。

 

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