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身代わり狸物語 「第2話」

3 お父さんの介抱

 太郎は、息を切らしながら家の中に飛び込みました。

「お父さん! お父さんはいる!」

 と必死に叫びました。

 お母さんが、台所から布巾で手を拭きながら出てきて…

「どうしたのよ? お父さんは、裏庭におられますよ!」

 と言いましたが、太郎は、その声には反応せず、すぐに裏庭の方に駆け込みました。

 お父さんは、玄関の声で太郎の行動が理解できていたのか、息せき切って入ってきた太郎の顔を見るなり…

「太郎、慌ててどうしたのだ! 今日は、一日中家にいるから何処にでも遊びに行けるよ!」

 と何時ものように、優しい声で言いました。

「違うよ! 狸が死にかけているんだよ。お父さん、早く、速く、助けてよ!」

 と大きい声で叫びました。 次郎と三郎(四歳)も、太郎の帰りを今か今かと待ちわびていたので、慌てて裏庭に出てきました。

 太郎は、荒い息を少し抑えてから、一気に学校の帰りに起った一部始終を詳しく話しました。

「そんなに弱っていたのなら、駄目かもしれないな? でも、そのままにして置くと野犬に食われると可哀そうだから、家に連れて帰って畑にでも埋めてやらないといけないね!」

 と言いながら、軍手とみかんのダンボール箱を自転車の荷台に積んで、太郎の道案内で出かけることにしました。

「僕たちも行きたいとよ!」

 と次郎と三郎が、地団太を踏んで頼みましたが、すかさずお母さんが出てきて、

「急いでいるから、二人は行っては駄目よ!」

 と二人の手を掴みました。

「すぐにに帰るからな……」

 とお父さんは、優しく次郎の頭をなぜてがら、太郎と二人で二台の自転車に乗って出かけました。

 農道の近くの畑には、尻尾の付け根に白い模様のある親狸が、ぐったりと横たわっていました。

「随分、弱ってはいるが、まだ、生きているよ! 毛並みが奇麗だから病気ではないらしい? ひょっとしたら、農薬入りのバナナでも食べたのかもしれないな?」

 と言いながら、お父さんは、軍手をした両手で狸の身体を丁寧に持ち上げて、自転車に積んでいたみかん箱の中にそっと入れました。

「この間、農家のおじさんが、『白鼻心(ハクビシン)が、スイカやメロンを食べるので、農薬を浸み込ませたバナナの切れ端を置いた』と言っていたので、その農薬入りのバナナでも食べたのかも知れないな?」

 と言いながら、二人は、今来た農道を急いで家の方に引き返しました。

「このような野生の動物は、毒などの悪い物を食べても、必ず、自分で食べたものを吐き出す習性をもっているのだが、よっぽど悪いものを食べたのだろうか。胃の中を洗浄してやれば良いのかも知れないな?」

 と言いながら、二人は、自転車を飛ばして家に帰りました。

「やっぱりお父さんは、もの知りだ! お父さんに頼んでよかった」

 と太郎は、心の中でつぶやいていました。

 家には、隣の敦子ちゃんと敦子ちゃんのお母さんも出てきており、みんながワイワイガヤガヤ言って待っていました。

 家に帰るなり、お父さんは、お母さんに頼んでペットボトルに水を用意しました。お父さんは、横たわっている狸の口を軍手の手でこじ開けて、無理にペットボトルの水を口の中に流し込みました。狸は、息苦しいのか、ぐったりとしたお腹を大きく波打たせながらもがきました。再度、大きくお腹を波打たせたと思ったら、先ほど飲ませた水を少し吐き出しました。

「思った通り、食べた悪い物は、自分で吐き出しているので、後は静かに休ませて、恢復するのを待つしかないな」

 とお父さんが、独り言のようにつぶやきました。

 隣の敦子ちゃんの家には、昔、鶏を飼っていた小屋が開いていたので、その小屋に狸を寝させることにしました。みかん箱は狭いので、敦子ちゃんの家の倉庫にあった藁屑と古い毛布とにくるんで、小屋の奥の方に寝かせました。

「寒いといけないから、“湯たんぽ”を入れてあげたらどうかしら?」

 と言って、お母さんと三郎がバスタオルに包んだ湯たんぽを持ってきました。次に、次郎が、牛乳をハッポースチルの皿に入れて持ってきました。また、敦子ちゃんが、食パンの切れ端を持ってきました。

「湯たんぽは、端の方に置いておこうか?」

 とお父さんが、湯たんぽを毛布の下に敷きながら…

「早く牛乳を飲んだり、パンが食べられるようになればいいがなあ、今夜が、山だよ!」

 と言って皆を見渡しました。また、お父さんは、小屋の入り口に牛乳入りの皿とパンの切れ端を置いて、鶏小屋に鍵をかけながら、

「明日、水だけでも飲んでいると良いが?」

 と言って、太郎の頭をやさしく撫ぜました。

 その晩、太郎は、今日、起きたいろいろの出来事を思い出すと、なかなか眠れませんでした。特に、上級生の三人組に、

「止めろよ! まだ、生きているじゃあないか!」

 と叫んだことが、信じられませんでした。これまで次郎や女の子たちが、あの三人組に意地悪されている時、黙っていた自分が、少し恥ずかしく思えていました。

 また、今度、三人組に意地悪されたら、

「止めろよ!」

 と大声で叫んでやろうと思いました。

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