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身代わり狸物語  「第6話」

 9 お父さんからの電話

 三十日の夕方、東京のお父さんから電話がありました。
『二、三日前から大詰めの夜間工事に入っているから、夜宿舎に電話してきてもいないこと。一月十日ごろには、工事の見通しがついて帰られるようになるから、もう少し辛抱してくれ……』
 という内容でした。

 三郎が近くにいて、電話を変わるように執拗に言うので、お母さんは、話したいこともたくさんありましたが仕方なく交替しました。
 三郎は、数日前に家で飼っていた狸に出会ったことやメロンパンをやったことなどをさも得意げに長々と話しました。
 その後、次郎と太郎も交代したが、やっぱり狸の親子の話ばかりでした。お父さんとお母さん狸に子狸が三匹いて、うちの家族と同じであることや親狸の尻尾の辺りに白い模様があることも忘れずに話ました。
 お母さんは、最初のお父さんの電話の声が、やや弱弱しく、何時もよりも元気がないような気がしましたが、子供達が長々と電話したことで、ついついそのことを聞きそびれてしまい、少し後悔していました。


 お母さんは、電話のやり取りが終った後、生ゴミを捨てるため扉を開けると、裏庭の花壇を国道側に黒いものが走りました。それは小型犬ほどもあり、一瞬、川沿いの小道で見た、親狸かも知れないと思いました。
 しかし、お母さんは、これまで時々、ひょっと家で飼っていた狸が、お腹を空かして帰るかも知れないと鶏小屋の前に内緒で、餌を置いたりしましたが、これまで一度も、あの狸が家の近くまで来たことがなかったので、今更、来るはずがないと否定していました。


 10 大晦日の出来事

 三十一日の朝、お母さんが物干竿に洗濯物を干していると、塀越しに男の人の話声が聞こえてきました。聞くとは無しに聞いていると……、
「今朝は、ビックリしたよ。明け方の三時過ぎに、この前の国道を通りかかったら、道路の左側の歩道から、トラックの前にいきなり黒いものが飛び出してきて、急ブレーキをかけたが間に合わず、ひいてしまったよ!」
「慌ててトラックを降りてよく見ると、尻尾の白い狸だったよ。気持ちが悪いので、道下の草原へ投げ込んだが、可愛そうに親狸のようだった……」
 という内容でした。

 お母さんは、ビックリして、男たちが帰るのを待ちかねてから、隣の敦子ちゃんのお母さんにも声をかけ、道下の草むらに降りて探しました。そこには、頭をひかれた狸の死骸が横たわっており、死骸には、すでに、二、三匹のはえがたかっておりました。
 敦子ちゃんのお母さんは、なんの臆することもなく無造作に近づき……、
「可愛そうに! どうしてこんなところまで来たのかしら。これは、きっと皆で飼っていた狸よ。子供達には、知らせない方がいいわね」
 と言いながら、ビニールの買い物袋に狸の死骸を入れ家に持ち帰りました。
 死骸をどうするか協議した結果、庭先の畑に埋葬しても良いが、子狸たちが捜しに来て、また、国道でダンプなどにひかれるといけないので、川沿いの小道の山側の空き地に埋めることにしました。午後になって、三郎を隣のうちに預けてから、敦子ちゃんのお母さんと二人で、大きなスコップで予定の空き地に手厚く葬りました。

 午後三時ごろ、お母さんが、帰宅すると、お父さんの勤務先の建設会社の社長さんが来ておられました。
「奥さん、大晦日なのにすまないことだが、今からすぐに東京に行って貰えないだろうか?」
「子供達の面倒は、うちの家内に見させるから心配せんでもいい……」
「最終便の切符をここに用意しているので、これからすぐに、飛行場に行って欲しい……」
「うちの若いもんに、飛行場まで車で送らせるから……」 
 と社長さんがあわてふためいて、矢継ぎ早に言われるので、お母さんは、事情がよく分からないまま、だだ、うなずくしかありませんでした。
「お父さんになにか、よくないことが起きたに違いない」
 と思いながら高鳴る胸を押さえて、社長さんのお話をよく聞いて要約すると……、
今日の夜中の三時ごろに、作業場から帰宅する途中のお父さんが、交通事故に出会い入院したので、見舞いに行って欲しい。電話では、病状がよく分からんので、兎に角、奥さんが上京して、病人に付き添ってくれないか…
 と言うことであった。

 飛行場までは、高速道路を走っても一時間半ほどかかりました。   
 お母さんは、社長さんが、あまりハッキリした事情を説明してくれなかったので何も分からず、悪い方に悪い方に考えていました。 
 また、親狸の埋葬を済ませた後だけに、因縁のようなものを感じて、最悪のことばかり考えてしまう自分が情けなく思われてなりませんでした。同行の社員も、ほとんど状況を聞かされておらず、ただ、黙々と運転するだけでした。

 東京行き午後七時発の最終便は、大晦日ということもあってか、思いのほか混雑しており、ほとんど満席になっていました。
「少し眠っておいた方がいい……」
 と思いながらも、不安と心配とが入り混じり、いろいろのことが走馬灯のように浮かんでは消えて行きました。椅子にもたれて無理に目をつむっていると、なぜか子供のころの自分が脳裏にハッキリと浮かんできました。

 五年前に病死した父親が、小さいころの自分の手を引きながら、お寺の階段を登っており、息苦しいのでひと休みしようと思っても、なかなか掴んだ手を離してくれません。
 小さいころに一度だけ、父親のお四国参りに連れて行ってもらったことがあり、見覚えのある風景なのだが、どこのお寺に来ているのかどうしても思い出すことができませんでした。続いて、父親の読経に合わせて、願い事をしている自分の姿をハッキリと思い出していました。
「お大師さま、どうかお父さんを助けてください。私と子供達のために、お父さんの病気を治してください。私たちの願いを聞いていただいたなら、必ず、元気になったお父さんと子供達を連れて、四国八十八箇所参りをいたします」
 と一心に拝んでいる自分がありありと浮かんできました。

「…………」
「お客さん、着きましたよ。急ぐことはありませんから、降りる準備をしてください」
 とシュチュワーデスの優しい声で起こされました。
 周りの人は、もうほとんど降りていました。眠れないと思っていたが、約一時間も眠っていたのだろうか。この夢の中の出来事は、一つひとつハッキリと覚えており、なぜか不思議な気分になっていました。


 11 お父さんの看病

 病院は、モノレールの浜松町駅前から、タクシーで十分くらいのところにありました。 
 家を出る時、社長の奥さんが書いてくれたメモを運転手に見せると、すぐに分かりましたが、午後九時前の病院はひっそりと薄暗く、地下の救急用出入口だけが、赤々と明るく輝いていました。警備員の言われるままに、エレベーターで五階まであがり、降りたローカを右に曲がって看護師詰所に着きましたが、詰所には、看護師が一人もいなく、明るく、長い蛍光灯が何本も点いており、不安を一層掻き立てる思いがしました。少しいらいらしながら待っていると、四十絡みのベテランらしい看護師が小走りで戻ってきて、いきなり……、
「山田さんですね! ああ良かった。ずーと、来られるのを待っていたんですよ」
 と一安心したという顔をしながら……、
「午後六時半ごろから様態が好転して、何かをぶつぶつ言われるようになったのですが、今朝、三時過ぎに担ぎ込まれた時は、ぐったりとして意識もなく、一晩中高熱が続いて、もう駄目かも知れないと先生もあきらめかけていたんですよ。それが夕方になってから、急に、熱が下がり、時々うなされるようになったのですが、いくら呼んでも気がつかないんです」
 と一気にしゃべりながら、お母さんの身体を押すようにして、病室に案内してくれました。
『私も、今まで傍についていたんですよ。うなされるときは、必ず手をしっかりと握って、耳元で大きな声で名前を呼んで、正気に戻してあげてください……。そうだ、お母さんなら、”お父さん!、お父さん!“と呼ぶ方が良いかも知れませんね。様態が変わったら、すぐにベルを押して知らせてください……』
 と看護師さんは、優しく丁寧に指導してくれました。
「詰所が不在だったのは、この看護師さんが、お父さんの傍に、ずっと就いていてくれたからなのだ」と感謝し、先ほどイライラしたことを申し訳なく思いました。
 個室のベッドに横たわっているお父さんは、上京前よりも大分痩せこけて、見るからにやつれていました。


「先日の電話でも、夜間の仕事の日は、随分、疲れると言っていたが、仕事が突貫工事だけに、相当に無理をしていたのではなかろうか。なぜ、夜中の三時ごろ帰宅していて、交通事故に遭遇したのだろうか? 私たち家族のために、辛いのを随分と我慢していたのだ!」 
 などと考えていると、次から次へと涙がこぼれ落ちてきました。


 お母さんは、看護師さんが用意してくれた椅子に腰掛け、お父さんの右手を両手でしっかりと挟んで……、
「私たち家族のために、随分と無理していたのね。ありがとう、ありがとう!」
 と言いながら、お父さんの手でほほすりしていると、いろいろな出来事が浮かんできて自然に涙があふれ出てきました。
 いつしか、また、父親とお四国参りした子供のころのことを考えていました。
「これまで時々は、無き父親の夢を見ることもありましたが、ほとんど忘れていた札所参りのことを、二回も思い出すなんてどうしてだろう?」

 と不思議でなりませんでした。
「ひょっとしたら自分の父親が、自分が気に入っていた、私達のお父さんを迎えに来ているのかも知れない!」
 とついつい悪い方に考えてしまいました。
「父ちゃん! どうか私と子供達のお父さんを連れて行かないで……。お大師さま、どうかお父さんを助けてください。願いが叶ったなら、必ず、元気になったお父さんと子供達を連れて、お礼参りをしますから……」
 と何度も何度も一心不乱に祈り続け、お父さんの手を然りと握って、いつしか夢心地にさそわれて行きました。
 その時、お母さんの手を握り返して来るかすかな感触を感じました。薄明かりの中で、お父さんの頬が少し動くのがハッキリと分かりました。
「お父さん! お父さん!」
 とお父さんの手を強く握り返しながら、耳元で大きな声を張り上げ必死に叫びました。
 これまで無表情だった顔に少し動きが戻り、口元から低いうめき声が漏れてきました。
「お父さん! お父さん! 花子よ!」
 と大きな声を一層張り上げました。
「おお、花子か! 来てくれたのか……」
 と聞きとりにくいほどのかすれた声が流れてきました。
「そうよ! 花子よ。子供達も心配しているので、頑張ってね、お父さん!」
 再び、お父さんの手を強く握りながら、少し上下に振ってみました。すると先ほどよりも力強い感触がハッキリと伝わってきました。
 そこで、連絡用の非常ベルを押すと、すぐに看護師が来てくれ、宿直の先生も駆けつけてくれました。


「お母さんやったね!これで一安心だ!これで山場は越えたよ……。後は明日、精密検査をして、異常がなければ、退院だ!」
 とさも暢気そうな先生が笑いながら言いました。
 お母さんは、看護師さんと交替して別室に呼ばれ、先生から次のようなことを言われました。
「午前三時過ぎに担ぎ込まれた時は、全く意識がなく、熱も四十二度もあり、精密検査はなにも出来ていないが、救急車で運んできた人が、大型トラックにはねられたと言ったので、全身を詳しく調べたが、外傷はなにもなかた。頭の打撲もなかったので、昏睡は、熱のせいだとは思っていたが、あんまり気がつかないので、心配していた……」
「原因がよく分からないので、何とも言えないが、熱のせいだったのならもう安心だ! 同僚の話によると、過労も重なっていたようなので、ゆっくり休ませてやって欲しい」
 お母さんは、先生の話を聞きながら、顔中いっぱいに涙が溢れるのをこらえることができませんでした。


 病室に戻る廊下には、休憩コーナーの窓の隙間から、元日の朝日が差し込み、一段とまぶしく感じました。

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