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身代わり狸物語  「第7話」

 12 運転手の話

 お母さんも、昨夜からの看病などで気疲れしていたのか、八時半を過ぎたころ、看護師が検診に来たことも気づかずベッドにもたれて眠り込んでいました。
「随分、お疲れになったでしょう。もう一安心です。熱も平常に戻られたし、脈拍も正常ですから……」 
 と笑顔を作りながら優しく言ってくれました。
「ありがとうございます。皆さんのお陰です……」
 とお母さんは、少し照れ笑いをしながら、布団の乱れを整えました。お父さんは、よほど疲れていたのか、熟睡したまま寝返りをうちました。
「奥さんが来てくださったので、きっと安心されたのよ! 目が覚めるまで寝かさせてあげてくださいね。先生にも、後で来てもらいますから……」
 と言って、看護師さんは、退室して行きました。


 十一時半ごろ、果物かごを持ったトラックの運転手が見舞いに来ました。運転手は、お父さんの気がついたことを聞いて大変喜んでくれました。 
『昨日の午前三時十分ごろ、大型トラックで国道を走っていて、交通事故を起こしたこと、すぐに救急車を呼んでこの病院に運んだこと、今まで警察で厳しく追及されたことなど…』を運転手は一気に話し、心から謝罪しました。
 お母さんは、一つひとつうなずいて丁寧に聞きながら……、
「いきなり飛び出して、申し訳ありません。でも、救急車に連絡して、この病院に運んでいただいたお陰で、主人は、助かりました」
「それが、今考えても不思議でならないのです……」
 と狐にでもつかまれたような顔をして、運転手は、再度詳しく、次のように話してくれました。
「これは現場検証でも、警察でも、何度、話してもなかなか信用してくれなかったのですが、スピードは五十kmくらいしか出しておりませんでした。一人の警察官は、『スリップ痕から見るとそんなにスピードは、出ていなかったようだ』とは言ってはくれましたが……」


「一昨日の昼頃から大阪に荷物を運んで、昨日の朝早く東京に帰ってきました。途中、高速道のインターチェンジで何度も休んでおり、睡眠も十分に取っておりましたので、夜中の三時といっても、少しも眠気はありませんでした」
「国道に下りてからも制限速度を守っており、横断歩道に差し掛かったので減速したとき、左側の歩道から、黒い動物がトラックの前にいきなり飛び出してきました。そこで、急ブレーキを掛けたが、何かが当たったという感触は全然ありませんでした」
「慌ててトラックを降りて確認すると、二車線の道路の中央線辺りにご主人が倒れており、驚いて救急車を呼んだのです。左側の歩道から飛び出した人を中央線まで飛ばしたとは、どうしても考えられないのですが、警察は信じてくれないのです…」
「わたしは、横断歩道上には誰も歩いていないと確認し、減速もしていたのに……。今考えても不思議でならないんです」
 と言い訳にならないように気を使いながら、現状を詳しく話してくれました。
 そこえ担当の先生が来て、改めて丁寧に診察してくれました。お母さんと運転手が、先生に対して、心から謝辞を述べました。
「これで安心です。病人がもう少し快復したら精密検査はしますが、外傷が全くないので、トラックで撥ねたとは、考えられないでしょう。長い間、昏睡していたのは、高熱と過労のせいだと思います……」
「警察署には、診断書を提示して説明しますが、案外、運転手さんの気転の利いた行為が、人助けをしたことになったかも知れませんね」
 と暢気そうに笑いながら説明しました。
 運転手は、何度も、何度も丁寧に地面に付きそうなお辞儀をしてから帰って行きました。


 13 お父さんの話

 お父さんは、午後一時に目を覚ましました。辺りをキョロキョロと見渡してから…、
「ここは病院か? どうして病院にいるんだ!」
 と言いながらも、すぐに理解できたのか、
「花子も忙しいのに来てくれたのか、子供達はどうしているのだ」
 と心配顔をして尋ねました。
「社長さんの奥さんが、世話をしてくれているので心配しないで!」
 と言いながら、お父さんに与えるように残されていた食事を勧めました。お父さんは、よほど腹が空いていたのか、お粥を残さず食べてくれました。
 お母さんは、お父さんが落ちついたのを見計らって、一昨日からのことを掻い摘んで話しました。
「どうして、夜中の三時にあの国道の横断歩道を横切っていたのですか?」
 とお母さんは、お父さんの顔をまじまじと見ながらたずねました。
「あの日は、夜間工事の回りだったので、夜の九時半に宿舎を出たが、二、三日前から風邪を引いて熱があったように思う。仕事が大詰めに来ているので休む訳にもいかず、無理をして現場に行き仕事をしていたが、二時半ごろになって、急に頭がふらふらして仕事にならなくなった。暫く休んでいたが、良くならないので、現場責任者に了解を貰って宿舎に帰る途中だったのだ……」
「一緒にこちらに来た、織田君達が、宿舎まで連れて帰ると言ってくれたのだが、迷惑を掛けるので、大丈夫だと言って強く断ったんだ……」
 お母さんは、お父さんらしいと思いながら、一つひとつうなずいて話を聞いていました。
「ふらふらしながら、国道沿いまで帰り、横断歩道の前で休んで、思い切って国道の手前の二車線を渡って、中央分離帯から、次の二車線の中央まで来たことまでは、ぼんやりと覚えているのだが、そこから先が、ぼうとしてどうしても思い出せないのだ……」
 とお父さんは、思い出せない自分がなさけなさそうな顔をしました。
「仕方がないは、丸一日も昏睡状態だったんだから、余り無理して思い出さなくてもいいのよ……」                                   とお父さんの身体をいたわりながら、お母さんが言いました。    
「……そうだ気がつくと、国道のど真ん中で眠っているんだよ。ここは危ないと思っても体が動かず、それでも、眠たくて、眠たくて、仕方がなかったんだ」
「余り眠たいので、もういいやと思って眠ろうとしたら、電話で子供達が話していた、二匹の親狸と三匹の子狸が出てきて、耳を引っ張ったり、身体にもつれついてきて、どうしても眠らしてくれない。なぜか、一番大きな狸の尻尾の辺りに白い模様があり、家で飼っていた狸だったよ。なぜかその状況を、ハッキリと覚えているなあ?」


「今度は、白衣(びゃくえ)に菅笠姿の見覚えのあるお爺さんが来て、金剛杖で身体を突くんだ。眠たいから、ほっといてくれと言っても聞かず『眠ったらいかん! 眠ったらいかん!』と言ってうるさくて仕方がなかたよ…。 また、何処かで出会ったことのある、白衣の男の人が夢の中に何度も出てきて、眠りの邪魔をするんだ……」

「やっと、静かになって眠っていたら、顔も知らん女の人が来て、耳元で『山田さあーん! 山田さあーん!』と大きな声で呼ぶんだ」

「今度は、聞き覚えのある声で『お父さん! お父さん!』と大きな声で叫んで起こされたんだ!」
「……そうしたら、お母さんが来て眠らせてくれて、ゆっくりと休むことができたよ……」 
 と昏睡と正気を行ったり来たりしていた状態を詳しく話してくれました。
 お母さんは、お父さんの話を聞いていると、一昨日から、自分の周りで起きたことや、何度も繰り返し見た夢に、余りにも似ているので驚いてしまい、こんなことが実際に起きるのかと不思議でなりませんでした。
 特に、お父さんが交通事故に遭いかけた時間に、田舎で親狸が大型トラックにはねられたことなどは、ただの偶然とは、どうしても考えられませんでした。 
 きっと尻尾の白い親狸が、お父さんの身代わりになってくれたのだ。    また、お母さんが、一心不乱にお父さんの無事を祈った夢うつつの中に、何度も出てきた白衣姿のお大師さんや父親が、生死の境をさまよっていたお父さんを、この世に引き戻してくれたのだと、何時しか信じるようになって行きました。

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