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魔性のkaze

9月の冷たい風が好きだ。すっかり秋になり、すっかり秋だと感じる10月や11月ではなく。

私の好きな風は朝日のまぶしさを感じるまえと、太陽が沈みきってしまう前に吹いている。すこし冷たくて、うまれたてように透明な感じがする。それでいてとても安心できる、ふしぎな風なのだ。


風は、夕方よりも朝のほうが澄んでいて、力強い。だから朝の風はいろんなものを私の周りから拭い去ってくれる。それで、いろいろと思い悩んでしまう私のなかに大事なものだけ残してくれる。この風が私の身体に芯を作ってくれる。

その風のなかにいると、これから先の人生がなんだか「だいじょうぶ」な気になる。「自分」のままで生きていける気がする。ゆうべ不安で泣いていた私さえだいじょうぶだと思える。

でも朝日が昇りきると、やっぱり太陽のちからは凄まじくてさっきまでの時間が嘘みたいに消える。さっきまでのすがすがしい自分も、大半が隠れてしまうから「今日もあっつ…。」とか言い出す始末だ。


夕方の風は、朝のよりも色づいているというか、今日1日この街をめぐってきてあちこちで何かくっつけてきている感じがする。なんとなく温度を感じる。今日の思い出をはらんでいるとでも言うのだろうか。とはいえまだ透明で、まだ冷たい。

この風に吹かれると、これまでの人生を振り返って見つめている気持ちになる。自分が今いるところから離れて行って、すこし遠くから今世の自分を見つめている感じ。今日死んだら、いまの時点では望んでいる自分にはなれていないから多分後悔する。でも、死ぬときはこれくらい穏やかでありたいと思える。

だんだん夜に近づいてあたりが暗くなっていくうちに、だんだんと私にも焦りが近づいてくる。あの穏やかさはどこへやら、死すら受けとめられると思った刹那、生のせわしなさを痛感する。(ここでこの文章我ながらいいなあと思うあたり、私はまだ死ねない。)

あれやってなかった、ああこれもあった…!と日々のやることはまだ残っている。


この時間の風は好きだ。でも急がなくちゃいけないときにも、この風は私をすくいとってしまう。だから少々危険である。



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