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[EURO2020]ベルギーの体現した「静観」の美学。指揮官の頭の中は?~ベスト16 ベルギー対ポルトガル~

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はじめに

 今回取り上げるのは、今朝行われたEURO2020ベスト16のベルギー対ポルトガルの一戦です。ポルトガルが比較的優勢に戦いチャンスも数多く作り出した中で、Tアザールの虎の子の一点を守り切ったベルギーがベスト8進出を決めました。次はイタリアと対戦することになります。
 フォーカスするのは「ベルギーのロベルト・マルティネス監督の試合運び」について。ベルギーの逃げ切り成功の影には、ロベルト・マルティネス監督の巧みな「戦略」が隠されていました。前回に続き、「戦術」より一つ上の階層に位置する「戦略」に目を向け、試合分析をしていきます。

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第1章 両チームのスタメン

ベルギー 1 : 0 ポルトガル
42' Tアザール

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 ベルギーは3-4-3を採用。GKにクルトワ、3CBはヴェルトンゲン、ヴェルマーレン、アルデルワイレルト。2CHはヴィツェルとティーレマンス、右WBにムニエ、左WBにTアザール。シャドーにはデブライネ(右)、Eアザール(左)が入り最前線はルカク。直近のフィンランド戦(2-0○)からは4人が入れ替わりました。
 ポルトガルは4-3-3を選択。GKにルイパトリシオ、4バックは右からダロ、ペペ、Rディアス、ゲレイロ。中盤の底にパリーニャ、その一列前は右にモウティーニョ、左にRサンチェス。右WGにBシウバ、左WGにDジョタ、CFにCロナウド。直近のフランス戦(2-2△)からは2人が入れ替わったスターティングイレブンです。

第2章 [前半]「左右非対称の3-4-3」は機能せず

 ロベルト・マルティネス監督の見せた「逃げ切り戦略」の話の前に、ベルギーが試合前に準備していた狙いを概説しておきます。

攻撃

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 4-1-4-1ブロックを組むポルトガルに対し、ベルギーの配置は左右非対称の3-4-3でした。デブライネ(7)がトップ下気味の立ち位置を取り、プレーメイカーとラストパサーを兼任します。

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 特徴的だったのは、ティーレマンス(8)、ヴィツェル(6)の立ち位置。常に中盤の底に2人が並ぶわけではありませんでした。ボール側は相手3CH+CFの菱形の中点に立ち「3CHを引っ張り出す役」を担当し、反対側はスルスルとライン間へ進出して「3CHの背後を使う役」をデブライネ(7)、Eアザール(10)らと担います。
 対戦相手のポルトガルはグループステージから一貫して4-1-4-1を採用していましたが、トリガーの引き方や3CHの連動がイマイチ整理されていませんでした。そのため中途半端に3CHの一角がボールに食いつき、カバーがないまま中央→中央でライン間へ縦パスを通されるシーンが続発。
 従ってベルギーの特殊な配置は、「ポルトガルの3CHの連動を断ち切り、ライン間へのパスルートを見出す」目的があったと考えられます。デブライネのトップ下的タスクと2CHの前後関係を組み合わせることで、ハーフスペース(3CHの外脇)に人を置くだけではなく、中央レーン(3CHの中間)にも常時味方がいる状態を生み出せる。外側と内側の両方に人を配置すれば、「必ずどちらかが空く」ので、効率的にビルドアップを行える、というわけです。

 しかし、実際には「左右非対称の3-4-3」は機能しませんでした。要因は以下の二つだと考えられます。
①想定以上にポルトガルの4-1-4-1ブロックが堅かった
②複数人の連動が発動しづらく、3CHの鎖を断てなかった
 とりわけ②に関しては、特殊な配置を採用したが故に引き起こされた問題でした。
 流動的に其々のレーンに立つ人を変えながら攻撃するベルギーでしたが、立ち位置を整えた後のアクション、「①が食いつかせる→②が角度を変えて降りる→③は背後へランニング」のようなユニットとして守備組織の攻略を図るプレーがあまり見られませんでした。縦パスのコース自体は作れていて、そこへパスが通ったとしても、その後の「相手の操作」が行えないため、結局3CHのスライドが間に合ってしまう。CBに潰されてしまう、といった形でボールを失う場面が多く見られたのです。

守備

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 守備は、基本的にゾーン2で5-2-3ブロックをセットします。攻撃時とは違ってルカク(9)が右、デブライネ(7)が真ん中に位置取ることにより、ポジティブトランジションでカウンターの威力を爆発させようとしていました。ルカクを右へ配置することで相手SB裏の攻略を、デブライネを真ん中へ持ってくることで中盤でのプレス回避と両翼のEアザール(10)、ルカクへの配球を狙ったのでしょう。ロシアW杯のブラジル戦での「4-3-3withデブライネ・0トップ作戦」が思い出されるような配置でした。

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 真ん中のデブライネ(7)は相手アンカーをマンツーで監視し、WGのEアザール(10)とルカク(9)は高い位置を維持し、ハーフスペースへの縦パスと相手SBへの横パスの二つを牽制します。
 その上でWGのフィルターを避けて相手SBへパスが入ってきた場合、WBがプッシュアップしてプレッシャーをかけ全体が圧縮して奪いどころを作ります。
 WGの立ち位置で相手CBからの縦と横のコースを閉じることで相手のビルドアップのスムーズさを奪い、WGの脇を通ってくる水漏れには後ろから蓋をする。
 5バックでブロックを組むチームにおいて、後ろが重いために前へ出づらくなり押し込まれ続けてしまう現象は頻繁に見受けられますが、「両WGの高重心」を効果的に運用することでその懸念を解消できる設計だと言えます。

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 しかし、守備もまた思うようにはいきませんでした。上図に示した通りデブライネ(7)の脇に相手IHのRサンチェス(16)(もしくはモウティーニョ(8))が降りてパスを捌くようになると、デブライネのアンカー監視が無効化され相手のビルドアップに歯止めをかけにくくなってしまったのです。
 結果としてブロックの位置が下がって相手DFラインに対してのプレッシャーが弱まり、ロングフィード一発で5バックの背後を突かれる場面も出てくるように。前半の終盤にワンチャンスを生かして先制したとは言え、内容は決して好ましくなく、むしろポルトガルがより上手く試合を進めていました。

第3章 [後半]逃げ切るために「静観」する

 ハーフタイムを挟んだ後半も、前半と概ね同じ流れで試合が進んでいきます。ベルギーのロベルト・マルティネス監督は前半からの継続を選択したため、ベルギーが押し込む展開にはならず、反対にポルトガルが攻勢を強めていきます。
 従って、ベルギーの5-2-3ブロックには徐々に綻びが見え始めます。

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 分かりやすい例として、61分の場面を紹介します。ベルギーはゾーン1に押し込まれた状態ですが、5-2-3を維持。ルカク(9)が極端に攻め残りをしていることが分かります。
 3トップは前線に残る傾向にあるため、基本的には5+2の7人で守ることとなります。この場面でも5バックが相手アタッカー陣にロックされているため、ボールに対して2CHヴィツェル(6)、ティーレマンス(8)の横スライドで対応せざるを得ない状況。当然、中央にはスペースが生まれています。

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 何本かパスを繋がれた後、バックパスによりボールはペナ角へ。ゴールライン近くへ押し下げられた直後であるため2CHのスライドは行き届かず、ヴィツェル(6)が寄せ切る前にRサンチェス(16)にクロスを上げられる。そしてファーでJフェリックス(23)にヘディングシュートを放たれるも、クルトワ(1)がキャッチ。
 この一連の流れを見て分かるように、ベルギーの5+2ブロックは少しづつ許容範囲の限界に迫ってきており、2CHの中間や両脇からクロス・シュートを浴びる場面も増えていました。
 この状況下で、指揮官ロベルト・マルティネスはどうしたのか。彼の選択は「意図的な静観」でした。つまり、守備のテコ入れを図ったわけではなく、割り切って攻めの姿勢に切り替えたわけでもない。5-2-3のオーガナイズそのままで試合を進めたのです。
 攻め込まれる展開でありながらデブライネの負傷交代(48分)を除けば87分まで交代カードを切っていない(最終的に、87分と90+5分に一枚ずつ交代カードを使った)こと、87分のカラスコ投入もアザールの負傷によるものであったこと。この二つが、ロベルト・マルティネスが「静観」の姿勢を貫いたことを証明しているでしょう。

第4章 ロベルト・マルティネスの決断が必然的であったワケ

 なぜ、ロベルト・マルティネスは「静観」を貫いたのか。リスキーなようにも無策であるようにも感じられますが、「ロベルト・マルティネスの決断は戦略的な合理性を伴っており、必然的であった」というのが個人的な考えです。
 一つ目の理由は、「自チームの戦力」です。ベルギーの場合、DFラインは経験豊富なベテランが勢揃いしており、最後の砦はエル・ブランコの門番を務めるクルトワ。前には破壊力抜群の3トップがいる。つまり、自陣ゴール前の瀬戸際の攻防を耐え凌げるほどのリソースがある上、一撃必殺のロングカウンターがある。
 よって、「後ろは多少攻め込まれても何とかなるだろう。それなら、世界最高峰の3トップに守備をさせる/ベンチへ下げる理由はないな」となるのです。ピッチにいる3トップはその時点で個人・ユニットとして最も質が高い3人ですから、カウンター狙いならその3人をいじる必要はありません。この際3人の守備貢献度は重要でなく、「カウンターの破壊力」が最重要だったのです。
 二つ目は、「相手ベンチは動くしかない」ということ。ポルトガルはビハインドを負っているため、先手先手で交代カードを切るしかありません。現にフェルナンド・サントス監督は後半開始10分のタイミングでBフェルナンデスとJフェリックスを投入、とても攻撃的な布陣へシフトしています。
 この事がベルギーにとって何を意味するのか。それは、「時計が進むごとにカウンターが打ちやすくなっていく」ということです。前述の通り、後ろは相手の攻勢を凌げるだけのメンツを揃えていますから、後ろを特段気にする必要はありません。逆に、相手が攻撃的な選手を投入すればするほど、カウンターに対するリスク管理は曖昧になるため3トップにはおいしい展開になるのです。
 相手のダイナミックな変更に対して意図的にスタティックな姿勢を取ることにより、後ろの強度は維持しながら加速度的にカウンターの威力は高まっていきました。
 結果的に追加点は入りませんでしたが、ルカクのフィジカルとアザールのドリブルはジワジワ効果を発揮。ベルギーは何度もロングカウンターを繰り出し、ポルトガルの選手達を自陣深くへ追いやることに成功しています。終盤のピンチも、クルトワのナイスセーブとポストを味方につけたことにより耐え凌げました。
 仮に1-1に追いつかれ延長戦に持ち込まれたとしても、ロベルト・マルティネスからすれば戦い方を変える必要はなかったでしょう。超攻撃布陣であることは変わらないポルトガルに対して、バランスを保ち、3トップのカウンターという最大の武器を残した状態で戦えるからです。延長戦は必ず30分あるわけなので、バランスが整っている方が有利と言えます。カラスコやドク、トロサールといった突破力のある控えメンバーも揃えていたから尚更でしょう。
 押し込まれる時間が伸びピンチも増えましたが、それらを踏まえた上でも「戦略」的には「意図的な静観」が一番勝つ確率が高かった。だから、「戦術」面に大幅な変更は加えなかったし、加える必要がなかった。ロベルト・マルティネスの頭の中は、こんな感じではないでしょうか。

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