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〈40〉夏は魑魅魍魎がバッコする/今宵もまた美女(?)の悲鳴が…。


自然に近い家に、生き物が侵入するのは当たり前。

今年は庭の木々の葉が旺盛に茂っている。

日に日に緑が濃くなり、生き物たちの気配も強くなってきた。夜の灯りに魅せられた虫たちが容赦なく家に飛び込んでくる、そんな夏の始まりだ。
私は虫や爬虫類が全て嫌いというわけではない。小さな蛾やカメムシくらいなら、家に紛れ込んできても、外へ逃してやれる。ヤモリも小さいうちならつついて逃してやる。いちいちキャーキャー騒いでいたら、ここでは暮らせない。

はじまりは、デッキを這う蛇だった。

が、ヤツは、完全に私の生き物許容量を超えたモンスターだった。
6月初めの平日の正午、ふとデッキに目をやると、隅っこだけ色が違う気がした。妙に明るい。思わずメガネをかけて見直すと、ヤツがいた。黄色地に黒っぽい模様のある蛇がとぐろを巻いていた。大急ぎでデッキにつながる窓を閉め、ガラス越しに息をこらして観察した。
やがて、ヤツはデッキの板の隙間を、まるではた織り機のシャトルのように正確に3枚ずつもぐり、浮かぶを繰り返しながら、頭をこちらに向けて前進していた。胴体が板に隠れる目数だと、頭と3枚後ろに尻尾の先だけが見える。なんとも不気味な風景。大きさは1メートル程度だろうか。Nさん(オット)がいなくてよかった。彼は蛇が大大大嫌いなのだ。
ヤツはときどき困ったように立ち止まる。一体何をしているのだろう。こんな平らなデッキに獲物はいない。こちらにどんどん近づくが、動物園のガラス越しに観察しているのと同じ状態だら、恐怖心はなかった。
ちょうど昼食の準備中で、ちょっとだけ現場を離れた。すぐに戻ったが、ヤツは消えていた。おそらくデッキの支柱から下に降りたのだろう。
スマホのカメラでは倍率が足りず写せなかったのが惜しい。
後で調べたら、シマヘビという種類だった。木登りは苦手と書いてあった。おそらく小鳥を狙って庭木をのぼりデッキに降りたが、そこから降りるに降りられず、まごまごしていたに違いない。
生き物たちがヒタヒタと近づいてくる予感がした。

シロアリがウジャウジャ飛んで来たッ!

生き物に過剰に反応しないようにはしているが、本能的に嫌いなヤツもいる。
梅雨のちょっと蒸し暑い夜。夕食後、歯を磨こうと洗面所に立つと、何とシロアリが何匹も洗面台の上を歩きまわっていた。
ぎゃ〜〜〜〜っ!
「Nさぁ〜ん、大変だ、シロアリだ!」
「えーっ?」
「きっとダイニングにも、キッチンにもいるよ」
「どっから来たんだろう」
「網戸もちゃんと閉めてるよね」
それからNさんと私はティッシュを片手に、家中にうごめくシロアリを捕捉し続けた。可哀想だけど死んでもらう。私とシロアリは共存できない。少なくともこの家の中では無理だ。

シロアリという生き物を初めて見た時のことはよく覚えている。夜、家で勉強していると、突然ポトリと天から落ちるようにソレが降りてきた。しばらくそこらを這い回ると、ハッと思いついたようにカラダを揺すり、トンボのような薄い羽を落とした。羽を失った後も生きているのが不思議だった。きちんと揃えるように捨てられた羽も気色悪かった。ツルンとした胴体だけで、何か用事がありそうに動き回っていた。何なんだこいつ。
そのときは正体を知らなかったが、見ただけでおぞましい生き物とわかった。

結局シロアリの来襲はその夜だけだった。彼らの巣はどこにあるのだろう?
きっと近所に、ヤツらに食い荒らされボロボロになった床下を抱えた家があるはずだ。一体、どの家だろう。まさかわが家ではないと信じたいが…。

浴室の天井に、蜘蛛の子が黒く散った!

梅雨真っ只中の蒸し暑い日曜日の夕方、私はお風呂に入るために浴室を洗おうとバスタブクレンジングを浴槽や壁にシュッシュッと吹きかけていた。排水口のあたりから黒いものがのぞいていた。あれれ、髪の毛かな?(私は目が悪い) つい2、3日前に栓を外してお掃除したばかりなのになぁ…。
そう思ったとき、ソイツは少し動いた。
ぎゃ〜〜〜〜っ!
「Nさぁ〜ん、ちょちょちょっと、来て〜っ!」
「なに?」
「大きな蜘蛛がお風呂にいるよぉ〜」
「どれどれ?」
「どうしよう、どうしよう」
「これは棒か何かがいるよね」
「え、棒でつつくの?」
「違うよ、棒に乗せて外に出すんだよ」
「そんな芸当できる?」
Nさんは、お掃除モップに大きな蜘蛛を乗っけて器用に窓から外へ逃した。

が、本当の“災い”はそれからだった。
その大きな蜘蛛はメスで子供を生んでいたのだ。
まさに蜘蛛の子を散らすように、小さな黒いツブツブが浴室の天井や壁に散らばっていた。目の悪い私は、それに気づかなかったのだ。
私は浴室の中にNさんをひとり残したまま、ドアをピッタリ閉めた。蜘蛛の子を閉じ込めなくては、被害が広がってしまう。
「Nさん、ごめん。ひとりでがんばれ!」
とはいえNさんだって無数の蜘蛛の子をどう扱いようもなく、結局、冷たい水をかけて排水口に流すしかなかった。そもそも蜘蛛のお母さんは排水口で出産したようだし、水をくぐり抜ければ広い外界だ。きっと生きのびてくれるだろう。(自信はないけど)
しかし、予想以上に蜘蛛の子はしぶとかったらしい。いくらシャワーで水を流しても、糸で壁にしっかりしがみつき、なかなか剥がれないとNさんは言った。
その日の夜、お風呂に入るには入ったが、蜘蛛の子が気になって、早々に上がった。

じつはこの“事件”の前、新聞の投書欄で、家の中に蜘蛛の子がワッと散らばって大変な思いをした女性の話を読んでいた。まさか自分の身に起こるとは想像もしていなかった。そのお宅では翌朝にはすべて消えていたというオチだった。
しかし、うちの浴室の蜘蛛の子はしぶとく居残っていた。2日経った今朝も、3匹発見。一昨日までは真っ黒いツブツブだったのに、たった2日で成長したらしく、薄いグレーになって、脚も長くなり、蜘蛛らしい形になっていた。蜘蛛は節足動物だ。大きくなるために脱皮したに違いないと推理し、床にはいつくばって探したら、あった! ホコリのように薄い小さな蜘蛛の抜け殻が。カニみたいな脚がはっきりわかり、まるでエイリアンだ。(近視だから鼻先まで近づけるとよく見える)
浴室で8ミリほどに成長した蜘蛛の子は、天井から糸を垂らして、その糸の先でふわふわと揺れている。
以前観たファンタジー映画で、蜘蛛の赤ちゃんが糸を繰り出して風に乗り大空へ飛び出すシーンがあったが、目の前の子も風に乗るための練習をしているのかもしれない。
「早く出ていかないと、世界を見るチャンスをなくすよ」
私はティッシュでそっと捕まえ、外に放してやった。

夏はまだ始まったばかりだ。次はどんな生き物が侵入してくるのだろう。覚悟はできている。かかってきなさい。

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