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【紀行文】星降る中部高地にて大地の力に圧倒された~山梨県立考古博物館 その2

四県合同企画でヒスイに興味を持つ

 一通り常設展を見終わった後で、四県合同企画のほうを見に行った。
常設展の記事はこちら。

 入り口に無料のパンフレットが置いてあるが、家に帰ってみると無料とは思えないボリュームと内容であった。

 さて、静岡、山梨、長野、新潟の各県がこれぞ、と思う発掘遺物がその理由と共に展示されていた。
 静岡:富士石遺跡の石製装飾品
 山梨:上野原遺跡のパネル文土器
 長野:黒曜石
 新潟:ヒスイと火焔型土器
・・・素人なので素直に言うが、新潟の圧倒的勝利だと思う。ヒスイと火焔型土器なんて大物すぎる! 解説を読めばそれぞれの遺物のすごさが分かるが、見た目と印象は新潟県が圧倒的であった。
 四県合同企画の副題に「フォッサマグナ」が入っているが、このヒスイはまさにその産物のようだ。地下に眠るヒスイがプレートの沈み込みの影響で、押し上げられ地上に露出する。大地の力が地上に現れるというのは、神秘的なことであり、ヒスイはその象徴ともいえる。古代の人々は、それを感得しヒスイを聖なるものとして加工し身に着けたのだろうか。

ヒスイに関する解説もわかりやすい
図版もあった。左上の場所「フォッサマグナパーク」にはいつか行ってみたい!

 水煙土器と火焔土器の違いも碌に分かっていなかった私であるが、出土地域の違いがあるようだ。信濃川流域を中心とした新潟県が火焔、八ヶ岳南麓の長野や山梨で出土するのが水煙土器とのこと。
 水煙土器の写真を撮り忘れたので、リンクを張るが、見た目の印象がかなり違う。その違いはどこからくるかというと、突起の先端が丸く優美なことであろう。複雑にうねる文様のパワーがほとばしるように土器の口先から噴き出す火焔に比べ、水煙はそのパワーを再び内部にめぐらし循環するようである。
 星降る中部高地においては、このような優美な文化が育まれていた。土偶の愛らしさにつながるような精神性を感じるのである。 

見る者を魅了する火焔土器の展示
かの岡本太郎が「なんだこれは!」と叫んだとか。

玉造の伝播

 ヒスイは時代とともに洗練され、ほかの宝石と組み合わせられたり、加工されて勾玉となっていく。糸魚川周辺のヒスイの品質と出土量が圧倒的で全国で出土するヒスイのほとんどが糸魚川産だとか。
 私はあまり石に興味のある方ではないが、妻や子供はきれいな石を見るのが好きなようだ。静岡の奇石博物館の宝石探しなどは、とてもお気に入りのようだった。きれいな石は無条件に人を魅了する。生きるために必須ではないアクセサリー類がなぜこんなにも昔から人々を魅了するのか、不思議な思いに駆られる。
 やがて加工のしにくいヒスイから、鋳型を使ったガラス玉製作に時代は移っていく。ここでは静岡県沼津市の植出北II(うえだしきたに)遺跡出土のガラス勾玉鎔笵(まがたまようはん)が取り上げられていた。

ヒスイとガラス玉の変遷や伝播の様子がよくわかる図だった。

 ヒスイを含めた宝石類、アクセサリーの産地は比較的特定しやすいようで、文化的交流の軌跡を辿りやすいようだ。それにより当時の勢力図や交流範囲が見てくるのが面白い。
 こうした交流範囲は、近代になるまであまり変わらなかったのではなかろうか。おそらく研究が進み、方言や民話・伝承の比較研究が進むと、驚くほどの重なりが発見されるような気がしている。

甲斐風土記の丘・曽根丘陵公園を歩く

 さて一通り館内を見終わり、満足した。時計を見ると11時台だった。昼ご飯は、とある場所に決めてあったが、そこに向かうには少し早いと思った。
 程よい寒さが、少し歩くと気持ちよくなることを予感させた。この公園内には、いくつかの復元された古墳があり、そこを目指すことにした。
 丸山塚古墳と甲斐銚子塚古墳を目指して歩いていると、公園の掲示板があり、そこには甲斐風土記の丘研修センターというのがあった。そこには、本日お汁粉の振る舞いがあります! とあるではないか。
 私はお汁粉が大好物である。
 12時までというので、私は急遽目的地を変え、風土記の丘研修センターに向かった。公園の「平面図」ではわずかな距離である。
 この平面図が曲者であった。ここは曽根”丘陵"である。向かう研修センターは丘の上にあり、そこそこのハイキングとなってしまった。ある程度山登りには慣れているが、それでも息を切らせてようやくセンターにたどり着いた。そこは、公園と一体型の開放的な場所であり親子連れでにぎわっていた。嫌な予感がした。

 ”お汁粉は終了しました”

 あ~あ。
 まあ、いい運動といい景色が見れたからま、いっか。

研修センターから。山の麓あたりに方形周溝墓がたくさんあるらしい。

 再び丘を下り、今度こそ古墳に向かった。墳丘の上に立ち、見上げた先には雪を抱いた険しい八ヶ岳の姿が見えた。この丘はきっとあの八ヶ岳を見るためにこの位置に作られたのだと思った。
 甲府のこの地に眠る王は、出身であった八ヶ岳山麓を仰ぎながら眠っているに違いない。八ヶ岳山麓は、星降る場所だ。そこにはキラキラ輝く黒曜石が豊富にあった。
 人々は、星のかけらを集めて暮らしたのだ。
 私はこの場所に立ってそう思った。

おまけ:絶品の十割亭の蕎麦に舌鼓を打つ

私の好きな中道にある十割亭の蕎麦

 中道往還の甲府側の出口辺りに「十割亭」という蕎麦屋がある。私が甲府や諏訪方面に来て、お昼を食べるのであれば、まずここを目指す。
 ボリュームもあり、蕎麦良し、汁良しのお店なのだ。営業時間が短いため、ここ数年食べることが出来なかったが、この日はちょうど昼の時間帯に行くことが出来た。
 蕎麦の香りが立ち、薬味もほとんどいらないくらいだ。
 おなかがすいていたので、大盛にしたが普通盛りでも十分な量だ。
 今年は、この星降る中部高地を目指して出かける予定だ。その時は、ここ十割亭の蕎麦を又味わえると思うと幸せな気分になった。

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タキカワスエヒト
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