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【SCS9】拘泥

 その日、昼前にぽかりと時間が空いたので、散歩に出かけた。
 途中でふと目に留まった赤い花があった。普段花をじっくり見ることもなく、庭いじりの趣味もないので、花の名は分からない。
 大ぶりのやや紫がかった厚い花で、重たげな首を細い茎が支えていた。
 花をじっくり見ていると、その傍の土がモゾモゾと動き、一匹の小動物が穴から出てきた。ネズミかモグラか、穴から出てきて外を見まわしている。

 よく見ると、周りには小さな足跡があることから、その小動物が穴をねぐらとし、しょっちゅう歩き回っていることが伺い知れた。
 私はふとした気まぐれから、それが穴の中に潜るのを見計らって、穴の上にその小動物には動かすのが少し荷が勝つであろう重さの石を置いた。
 しばらく観察していると、小石はぐらぐらと動くのだが、穴の蓋が外れることはなかった。私は、少し憐れむ気もしたのだが、興味が勝ちしばらく見つめていた。
 やがて石は動かなくなり、彼奴は諦めたのかと思った。
 すると、一尺ほど隣の土がむぐむぐと動き始めた。

 小動物は、石を退かすことを直ぐに諦め、自分の得意な穴掘りの特技で、う回路を作ることを決めたようだ。
 私は、その決断の速さに驚き、そして--嘆息した。
 木々も魚も障害物があればそれを避けて成長していく。そこにぶつかり抵抗すること、拘泥することにこだわらないようだ。
 いくらか、上等な哺乳類であっても、その性質を持っているようだ。
 翻って、障害にいつまでも拘っている人間の誰かに思いを巡らした。
 私は一息着くと再び散歩に戻ったのである。
 正午にはまだ、時間があるようだった。

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