福島第一原発の処理水について理解を深めよう

最近こんなニュースが流れた。

ぱっと見たとき、正直、ようやくこの問題が前に進むのかとホッとしたのを記憶している。9年半も何も動かず、賛成と反対のぶつかり合いだったものが進んだのだから大きな前進である。

しかし、どうやら数日経って反対運動が活発化してきているようだ。少し調べてみると、政府の説明や合意プロセスは不十分であったことが見て取れた。同時に我々もこの問題にしっかりと向き合っていたかどうかというと福島で起きている一つの問題で終わらせていたのではないだろうか。

数年前に福島に何度か訪れ、そこで見聞きしたことを含め、今一度現状を整理し、より適切な議論を進めていくために久しぶりに重い腰を上げてみた。ここでの話が理解の助けになってもらえたら幸いだ。

福島第一原発の処理水問題とは?

ご存知の通り、2011年3月11日に福島第一原発で事故が起きました。原子力発電を行う際、とんでもないエネルギーを生み出すので水で冷やす必要があります。それが冷却水です。通常は徹底的に管理されているので、放射性物質が漏れ出すことはまずありません。しかし、福島第一原子力発電所では事故により燃料棒が溶融し、燃料デブリという燃料と容器がぐじゃぐじゃになった塊が飛びだしてしまいました。
この点をまず理解しましょう。福島原発事故においては、このデブリをいかに処理するのかが大きな焦点となっています。デブリは大量の放射線を放つので処理作業難しく、今でも取り出し作業は続いています。
そして燃料デブリの冷却水と触れたのが、「汚染水」です。さらに、現在もなお、地下水が日々流れ込んでおり、汚染水は流入した地下水の量だけ新たに発生しています。その量なんと1日で100トン以上!よく分からないけど大変なことは伝わってきますね。

画像1

汚染水の対策はどうなっている?

汚染水対策は、「汚染源に水を近づけない」「汚染源を取り除く」「汚染水を漏らさない」の三つの基本方針に沿って行われているようです。

一つ目の「汚染源に水を近づけない」とは、新たな汚染水の発生を抑制するため、原子炉建屋内へ流入する地下水量を減らす対策です。具体的には汚染源の周りをカチカチに凍らせて水が通りにくくなるようにしようという試みです。これは成功し、1日あたり490t発生していた汚染水が現在は110tまで低減されました。

二つ目の「汚染源を取り除く」とは、汚染水を浄化設備で処理することで、汚染源である放射性物質を除去する対策です。汚染水からセシウム、ストロンチウムを重点的に除去した後、多核種除去設備(ALPS(アルプス))を用いて大半の放射性物質を除去しています。
これが処理水と呼ばれる所以です。これによって汚染された水のほとんどの放射線物質を取り除くことができます。唯一取り除けないのがトリチウムであり、それ故にトリチウム水などと呼ばれていたりします。

最後の「汚染水を漏らさない」とは、汚染水や処理水の漏えいによる周辺環境への影響を防止する対策です。その一つとして、福島第一原子力発電所の1~4号機の海側に「海側遮水壁」と呼ばれる鋼鉄製の杭の壁を設置することにより、1~4号機の敷地から放射性物質を含む地下水が海に流出するのをせき止める対策がとられています。

ここまでをまとめると、原発事故で出てきてしまったのが、デブリと呼ばれる強力な放射線を放つ物質であり、それによって地下水や冷却水が汚染水となってしまった。
この汚染水をいろいろ頑張って処理したけど、トリチウムだけが残ってしまった。これをどう処理しよう?というのが今議論されている海洋放出につながってきます。

トリチウムって何?

さっきからトリチウムって言ってるけどなんやねん!というそこのあなた、ちゃんと説明させていただきます。トリチウムは日本語で「三重水素」と呼ばれる水素の仲間(同位体)です。

画像2

一般的にイメージされる水素は一番左で中学の理科とかでなんとなく見たなあなんて思う人もいるかもしれません。私たちは普段、水(H2O)という形で非常になじみ深いですが、実際トリチウムも雨水や水道水にも含まれていてとっても身近にある物質です。
ただし、トリチウムは非常に不安定な同位体なのでβ線を出しながらヘリウム-3に変わります。半減期はだいたい12年程度です。ここら辺へ非常に専門的なので、トリチウムが放射性物質であることさえ、抑えてもらえれば大丈夫です。身近にあるということなので、少量なら基本的に人体の問題はまずありません。問題はその濃度ということになってきます。

なぜトリチウムは取り除けないのか?

これは、水という分子の形でトリチウムが存在するためです。他の物質はイオンという形で存在しているので、物理的に取り除くことが可能ですが、トリチウムはいわば水なので、水そのものを処分するという話になってしまいます。
いろいろ研究開発はしているようですが、現実的な対応策は見つかっていないようです。

画像3

「トリチウム水」をどう処理する?

現状としてすでに約120万トンたまっているようです。東電は、現在のタンク増設計画では2022年夏ごろに満杯になるとしていて、処分に必要な設備の工事や原子力規制委員会の審査に2年程度かかるとされ、今夏ごろが判断の期限とされていました。つまり、タイムリミットはすでに過ぎてしまったという状況です。

処理水の処分方法については、「地層注入」「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」「地下埋設」といった選択肢が検討されています。処分方法の決定にあたっては、技術的な観点(技術的成立性、規制成立性、期間、コスト、作業員の被ばくなど)に加えて社会的な観点(風評被害の発生など)も必要であることから、経済産業省が委員会を設置しました。
小委員会の結論は「地層注入、水素放出、地下埋設については、規制的、技術的、時間的な観点から現実的な選択肢としては課題が多く、技術的には、実績のある水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢である」というものでした。

水蒸気放出は、世界的には例があるということで選択肢に残りました。しかし、国内では例がないこと、ALPS 処理水に含まれるいくつかの核種は放出されず乾固して残ることが予想されることに留意が必要です。
海洋放出は、国内外の原子力施設において、トリチウムを含む液体放射性廃棄物が冷却用の海水等により希釈され、海洋等へ放出されているので確実に実施できると考えられる。ただし、排水量とトリチウム放出量の量的な関係は、福島第一原発の事故前と同等にはならないことが留意点としてあげられる。

今回、なぜ海洋放出に決定したのかは様々な資料を読み漁りましたが明確なことは分かりませんでした。後ほど考察にてお話できればと思います。

ここまでをまとめます。

問題になっているトリチウムは水素の仲間であり、少量なら人体に影響はない。
トリチウムは科学的な技術で取り除くことは現実的には難しい。
トリチウムを含む処理水の処分は様々な検討の中、海洋放出に決まった。


さて、科学的な意見かつ現状を説明してきましたが、ここからはもう少し社会的な要素を交えて私の見識も含めて議論していきたいと思います。
いろんな意見をみて問題点を整理してみると以下のようにまとめられるかと思います。

①風評被害の問題
②国や東電への信頼性の問題
③海洋放出に対しての憤り
④合意プロセスの不透明さ

①風評被害について

福島原発事故により、すでに甚大な被害を被っています。20 11 年 4 月から 8 月の 5ヶ月間の風評被害の経済的影響は,福島県の青果物農業産出額と流通経費の減少により,福島県内では 284 億円,県外では 96 億円の経済波及影響が生じたと推計されています。
現在でも非常に厳しい放射性基準をクリアしながら、なんとか農作物等を出荷している現状です。

これに対して国は風評への影響を抑えるために、
①人々が少しでも安心できるような処分方法を検討すること
②トリチウム以外の放射性物質について確実に二次処理を行うこと
③処分の開始時期、処分量、処分期間、処分濃度について、関係者の意見も踏まえて適切に決定すること
④周辺環境のモニタリングと情報発信によって消費者の不安を払拭すること
⑤リスクコミュニケーションの取組、風評被害防止・抑制・補てんのための経済対策の双方を拡充・強化

などを挙げていました。正直にいって海洋放出となれば、風評被害は避けられない定めです。漁業関係者は当然反対しますし、環境保全の観点からもよくわからない水が垂れ流しになるのは阻止したいと考えます。
どのような対処をしていくのか、補助をしていくのかを明確に打ち出し、合意プロセスを築く必要があります。

②国や東電への信頼性の問題

そもそも、文書を書き換えてしまったり、お金の使い方の不透明性などで国家の信頼は揺らいでいますが、こと原子力に関しては、信頼値はほぼ0といっても過言ではないと思います。
こうなってしまうと、例え正しいことを言っていても本当に何が正しいのかが分からなくなってしまいます。
私たちは正しく問題を認知し、議論していかないといけませんが、東電が汚染水漏れを隠蔽していたり、議論のプロセスが分かりやすく公開していない、意思決定プロセスについての明確性がないなど問題は根深いです。

このような問題はいかに情報の透明性を高く、住民とのフラットな議論を進めていくことが重要ですが、様々な記事を見ていくと正しいプロセスが踏まれていたのか疑問が残ります。

③海洋放出に対しての憤り

海は世界中につながっており、あいまいな状態での放出は許されません。これまでも、放射性物質が含まれた水は厳しい基準をクリアした後、海洋に流されておりました。
今回の放出量は、前述した現在貯蔵されているタンク内のトリチウムの量、約856兆ベクレル(Bq)から考えると事故前よりも相当大きくなります。事故前の福島第一原発のトリチウムの排出量は年間2.2兆ベクレルであったことから、856兆ベクレルという総量を処分するには同じ総量だと389年かかってしまいます。

東電は600倍程度に薄めて国際基準をクリアしたものを海洋に流すとしていますが、福島の対応に注目が集まる中、薄めることが解決になるのか、他の代替手段は十分に検討されたのか、今一度考えないといけないのかもしれません。

もしくは、福島が汚染されてしまった怒りが政府や東電に向けられている可能性もあります。信頼を損なう行為をしてきた彼らに大きな問題がありますが、それでも冷静にこの議論をみつめていく必要があります。

④合意プロセスの不透明さ

これが非常に大きな問題になっているように思います。前述した処理方法に関しては特に十分な合意形成がされていたのかは怪しいです。

住民やNGOはタンクの貯蔵継続を提言しています。しかし、委員会の議論を読み解くとそもそも議論の中に、貯蔵継続が含まれていません。それはタスクフォースが始まった2013年は、タンクから300トンの高濃度汚染水が漏れたり、東電が海に汚染水が出ていることを隠ぺいしていたことが発覚するなどしたために、タンクにためておくのは高リスクという認識が生まれたからです。
今はタンクは溶接型に置き換わり、漏えいリスクは大きく減った。タンクは周辺に堰もできていて、事故直後のように漏えいが即、海への流出にはならない。というように状況は大きく代わっています。

最後に残った、海洋放出と水蒸気放出に関しても、最終的に海洋放出に決まった経緯は分かりませんでした。もしかしたら、住民との対話の中では説明があったのかもしれませんが、これは日本、ひいては国際的な問題であるため、広く国民に理解してもらう必要があると思います。

住民との対話が十分に行われたのかは、知る人ぞ知るという感じですが、これまでの国の対応からすると、かなり力は尽くしていたのではないかなと勝手に考えています。ただ、住民の意見が十分にくみ取られたのかに関しては、不十分な点があったように思います。

問題点についてまとめます。

①風評被害の問題
②国や東電への信頼性の問題
③海洋放出に対しての憤り
④合意プロセスの不透明さ
この4点が大きな議論の対象でした。特に風評被害についてどう対処していくのか、合意プロセスが住民に理解を得られているのかという点はもう少し突き詰めて考える必要があるでしょう。

考察と総括

ここでは、①政府と東電、②住民とNGOの2つの立場になって、この問題とどう考えているのかを推測したいと思います。

①政府と東電

とにかく早く解決したい。これが彼らの本音ではないでしょうか?なぜなら期限を延ばしても経済的にはコストがかさむ一方であり、いづれにしても、どのような形でも解決しないといけない問題だからです。

貯蔵の継続は一時的な解決にはなりますが、基本的には議論の引き延ばしにしかなりません。ただ、原子力の性質状、放射性物質の量は減っていきます。これが安全基準になるまで待つということでしょうか?それこそ何百年かかるか分かりません。

海洋放出はこれまで、日本でも実施してきた経緯があり、国際的にも認められています。特にトリチウムは水とほぼ区別できないくらいで、管理技術もあり、実際に放出したことで安全が損なわれる心配が少ないと考えられます。

一番の問題点は、風評被害についてであり、ここをどのように対処していくのか、補助金なのか、支援策なのか、こういったところで頭を悩ませてるように思います。

②住民とNGO

被災したこと、風評被害などですでに大きなダメージを受けている中、海洋放出を行ったらせっかく立ちなおってきている漁業が壊滅的になってしまうのではないか、というような心配が一番大きいのではないかと思います。

その心配を国が親身に聞いてくれたかというと、彼らの意見ありきでフラットな対話ができていないというような不平等さもあるかと思います。

さらには、ALPSでは汚染水から不純物を十分に取り除けていないのではないか、トリチウムの人体への影響などが不安が付きません。

環境への影響も未知数であり、本当に安全なら東京湾や他の海でもいいじゃないかなどいろんな意見が伺えます。


まとめ

ここまで処理水の基礎から、処分の現状、それぞれのステークホルダーの意見などをまとめてきました。非常にセンシティブな話題であり、私も声をあげるのに勇気が必要でしたが、なるべく冷静に議論をみつめてほしいと思い、客観的に議論をまとめていきました。

誰かが解決しないといけない問題ですが、福島にあるから福島だけの問題と考えるのは浅はかです。結局誰のせいでもなく、私たちは原発を受け入れ、使ってきた結果、事故が起きてこのような問題が生まれました。
私たちにできることは、福島の現状を正しく理解し、自分たちにできることを考えることではないでしょうか?そうでないと全ての問題を福島におしつけ、無責任な状態になってしまいます。

ただ賛成や反対というのではなく、この国や福島がより良くなるために冷静に議論を進め、一歩でも最善な方向に世の中が進むことを強く願っています。

今回の記事は多くの記事を参照しました。より深く学びたい人はぜひ見てみてください。意見や質問、指摘などあれば気軽にコメントいただければと思います。

多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会 報告書(概要)

廃炉の大切な話2020

東日本大震災による農林水産物の風評被害に関する研究

もし時間あれば福島原発に訪れたときのレポートもぜひ読んでみてください。


いつも記事をご覧いただきありがとうございます。感想を頂けたらそれが一番の応援になります。 本を買ってくれたら跳んで喜びます🙏https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/210YM6JJDGU2A?ref_=wl_share