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新春の壊れた露天風呂で感じた多幸感

車山高原スカイパークホテルは、僕が勤める会社の保養所に指定されている。
長野県茅野市に所在し、その名の通り車山高原スカイパークリゾートスキー場を利用するのに便利なホテルだ。冬休みを利用して、家族でこのホテルを利用した。1月4日から2泊。

毎年我が家は、妻の父と共に、志賀高原スキー場に出かける。今年も2月末にその予定が入っている。恒例行事のお陰で、子供たちのスキーの腕前(脚前?)はかなりのものだ。家族の中で1人だけスノーボードの僕は、全く教えることができず、子供たちは義父と妻の指導によって上達した。

上の子は14歳、下の子は11歳になった。その子達が急に、スノーボードをやってみたい、と言い出した。
それならば、今年の志賀高原でチャレンジしてみたらと答えると、あのスキー場は広すぎて、スノーボードには適さない、と返された。何本もあるゲレンデ間を移動するのには、両足やストックを使えるスキーの方が向いていると言うのだ。確かにその通り、ゲレンデ間の斜面が少ない場所では、ボードを足から外し、抱えて移動しなければならない時がある。

そこで出た案が、保養所を利用して、スノーボードの練習に出かける、というものだった。

車山のスキー場はこぢんまりしているが、山頂から1番下までのコースは2000メートルの長さを誇る。1番下の斜面は緩やかで、初心者の練習にも適したゲレンデだ。初日、子供たちはスクールに入り基礎を学んだ。やはり両足が自由に使えるスキーとは勝手が違い、ボードに乗る感覚を掴むのに苦労していた。

午後は、みっちり僕がコーチとなって、傾斜の緩いコースで練習を重ねた。子供の上達は恐ろしく早く、夕方にはほとんど転倒することもなく両方のエッジを使い滑ることができる様になった。何度も斜面を歩いて登ったり降りたりしたこともあり、僕自身、とても疲労感を覚えてホテルに戻った。

さて、今回のスキー旅行、もう一つの楽しみは、ホテルのお風呂にあった。温泉が湧き出ているわけではないが、サウナを併設し、湧水の水風呂があると言うのだ。さらに、絶景の露天風呂があり、サウナ後、そこでの外気浴が実は僕のメインイベントであった。

しかし。
ホテルに到着し部屋に向かう途中、大浴場前を通った時、なんとも残念な張り紙を発見してしまった。
「メンテナンス中のため、本日の露天風呂はご使用できません」
えー!外気浴がー!
まあでも、サウナと水風呂があるだけで今回は我慢しよう。
そう思っていたんです。

しかし(2発目)。
新年のお年玉だろうか。この夜のサウナ体験は、本当に最高のものとなった。
理由は、露天風呂が故障中であったこと。どういうことか。

時間は18時過ぎ。夕食前に風呂を済まそうと、浴室は混雑していた。やはり冬休み中ということもあり、子供連れが目立つ。きゃっきゃっきゃっきゃと、風呂場が彼らの遊び場と化すのは、半ば仕方のないことだ。僕自身もきっとそうだっただろうし、もうある程度成長した我が家の子供たちも、似たような道を歩んで来た。僕はそんなことを思い出しながら、シャワーで全身を洗っていた。
すると、露天スペースへの出口に何人もが進んで行き、扉から外に出て行くのが鏡越しに確認することができた。
えっ?露天風呂、平気なんだ?やったー!失いかけた外気浴を再び取り戻したこの喜び!

公式ホームページより

心を落ち着かせてサウナ室へ。
温度計も12分計もない。砂時計がひとつだけ。上下二段。詰め込んで6人座れるかどうか。小さな電気ストーブで、ロウリュは禁止。
ただし、温度はしっかりと熱く、体感として90℃程度か。ホテルに併設されるサウナとしては、十分合格点だ。12分計はないが、ガラス窓から浴室内が見え、壁に掛かる時計を確認することができる。10分程度蒸され、大量の発汗。水風呂へ。

掛け水をしてドブンと浸かる。温度計は15℃を示す。理想的な温度だ。瞬時に肌に染み入る水風呂だ。
この水は「天狗水」(てんごんすい)と呼ばれる湧水を使用している。周辺の山々に降り積もった雨や雪が地下に浸水したのち、標高1600mのこの地に再び湧き出ているものだという。水の分子が極めて細かく、肌に浸透しやすい性質を持つ。もちろん美容にも効果的だ。このホテルの水道から出る水は、すべてこの「天狗水」で、脱衣所のウォーターサーバーからもこの水を飲むことができる。よく「甘い水」と表現されることがあるが、この水は本当に1tspの砂糖が含まれているのではと疑うほど、物理的に甘かった。美味すぎて、ウイスキーの水割りをついつい飲み過ぎてしまうほどだった。

そして、露天スペースへ。
扉を開けると、強烈な冷気が全身を包む。快感を覚える刺激だ。
露天スペースには意外にも誰もいなかった。僕は人工芝の上に座り、目を瞑った。湯船からは、流れ込みの音が心地よく響いている。
その時、背後の扉が開く気配があり、子供が2人、元気よく走り込んで来た。
「さみー!すげーさみー!早く風呂入ろうぜ!」
一目散に湯船に片足を入れた瞬間、思わぬ悲鳴が聞こえた。
「ぎゃー!つめてー!」
「なにこれ、水じゃん!」
死ぬー、と叫びながら子供達は浴室へ走り去って行った。
僕は瞬時に理解した。なるほど、メンテナンス中で温かくはできないから、水風呂仕様になっているのか。
ええっとー、最高なんですけど!

僕は再びサウナに入り、やはり10分後、今度は浴室内の水風呂を通り過ぎ、そのまま露天スペースへやって来た。全身から大量の湯気が立つ。掛け水をしてから、露天水風呂へどぶん!
「あー!気持ちいいー!」
誰もいない極寒の露天スペースで、思わず呟いてしまった。水温計を確認すると、なんと9℃!シングルの天然水!
僕は露天風呂の故障に、心の底から感謝した。

翌朝、誰もいない露天水風呂

水風呂から上がり、濡れタオルで丁寧に全身を拭く。人工芝に座ると、目の前には冬の夜空が広がっていた。遮るものは何もない。
八ヶ岳連峰が漆黒にそびえ、麓にはホテルやペンションの明かりが見える。山々の上の空は少しだけ青みがかっていて、星々の瞬きが、ささやきのように聞こえてきそうだ。ここからは一際高く見える蓼科山の真上には、オリオン座が堂々と輝いている。
サウナ上がりの流離(さすらい)の状態によって、星々がゆっくりと回る。限りなく、ゆっくりと。

翌朝の光景

今回、イレギュラーな状態によって、幻想的なサウナ体験をすることができた。
サウナ好きであれば、露天風呂が正常な状態に戻ることを、きっと望まない。

サウナ上がり、一気に飲み干したビールが、いつも以上に美味しく感じられたことは、言うまでもない。

公式ホームページより

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