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私は自分の人生を生きることに決めた(My story 1)

「こんなに癒される笑顔の男性、見たことない」

そう思ったのは、銀座の某ファッションビル内にあるおしゃれなカフェ。
2020年3月のある日曜日の夜でした。

3月上旬の東京はまだ冬のように寒いにもかかわらず、私は薄手の白いニットに白地の花柄レーススカート、ストッキングにパンプスという格好にコートを羽織り、寒さと緊張で震えながら銀座まで来ました。


この服装は私のお見合い鉄板コーデ。
私は結婚相談所で婚活をしていて、この日は午前1件、午後1件、夜1件、つまりこの日だけで3件目のお見合いでした。

そしてこの3件目のお見合いが、今の夫との出会いでした。

2週間後、3回目に会った時に(ほぼ)プロポーズと真剣交際の話をもらいました。
返事を保留にさせてもらったものの、その1週間後には私からYESのお返事。
さらに1週間後には結婚を決めて婚約指輪を買いに行きました。

「なんで1か月で結婚決められたの?」

と、婚活仲間や当時から婚活相談に乗っていたクライアントさんからも何度も聞かれました。
結婚という重大な決断、しかも1か月なら猫かぶることもできるし相手がどんな人かは完全にはわかりません。
そのような状況で、なぜ私が1か月で結婚を決められたのか。

その秘訣は、私が婚活コンサルでお伝えしているコミュニケーションでもありますが、一瞬も無駄にせずに男性と向き合ってお互いを理解し合うことに注力して、その上で「この人だ」と私が信じて、決めました
全力で向き合ったこの男性なら大丈夫だと、自分で決めて覚悟したのです。

婚約してから1年が過ぎた2021年4月。
実際、結婚生活はどうかというと…

夫の絶大な協力のもと

自分の人生を生き始めた実感をひしひしと感じています。

夫は、第一印象の「癒される笑顔」どおり、とても優しい男性です。
その上、心身ともにタフで頼りがいもあります、タフなのは誤算でした。


例えば、私がそれまで住んでいた単身用マンションの賃貸契約終了の際、敷金がほぼ返ってこなかったんです。
「それはおかしい」と、積極的に不動産屋さんへ電話で確認してくれました。
(結局、契約書通りで全く問題ありませんでした。
月々の家賃が相場より安かったのはこの契約のおかげだったようです。)

他にも、婚約指輪の予算はなく好きなものを選ばせてくれたり、私のライフスタイルを尊重してくれたり、私の家族を気遣ってくれたり、会社を辞めて独立したいといった時も、話を聞いた瞬間に、1秒で認めてくれました。

夫も忙しく責任の重い仕事をしていますが、リモートワークなので私が途中で彼の仕事部屋へ入ることもありますが、いつ柔らかい笑顔で迎え入れてくれます。
私の場合、忙しい時は夫にそっけなくしてしまいがちなので、すごく器が大きいと言うか、心に余裕がある人なんですね。
日々、夫から学ぶことばかりです。

そして夫から私がいつももらっている
「思いやり」「愛」「ありのままの相手を認めること」
これらを私が今度はクライアントさんたちに渡していくイメージでいつもお話をしています。
そして、クライアントさんがまたパートナーの男性にも伝えて、どんどん広がっていきますように、と。

私の婚活アドバイザーとしての仕事は、夫からの多大なる影響をもらっています。
きっと、これが私の天命なのだと思います。
夫の大いなる愛を、多くの人々に伝播していくことこそが。

夫はサラリーマンですし、愛を大勢に伝えていく活動には興味がないようなので、代わりに私が愛を必要とする方々へ伝えていくように、神様が夫と私を出会わせてくれたのではないかなと密かに思っています。
今回、ここに初めて書きますし、誰にもしゃべったこともない内容です。

実際に私のクライアントさんたちは、
彼氏が結婚話をすると逆切れするところから1か月後にはプロポーズしてくれて結婚したり、
トラウマがあり何年も婚活できなかったところから積極的に婚活してすぐに好きな男性ができたりと、
短期間で人生をどんどん好転させていっています。

また、婚活中の方のみならず、既婚者の方からも夫婦相談・離婚相談、仕事の相談などもいただいています。
私に相談したいと思い来てくださることは大きな喜びですし、コンサル後、生き生きとした表情で人生の次の一歩を進んでいく方を目の当たりにできることが何よりも生きがいとなっています。

この道に進むと決めて本当に良かったと日々感じています。

今、自分の人生をどう生きるかは自分で決めるスタンスで日々生活しています。
もちろん迷うこと、わからないこともたくさんありますが、自分で解決できないことは人に相談してとにかく前に進んでいます。
クライアントさんが私に相談してくれているように。

そんな私ですが、昔からこんなに前向きに自分の人生の責任を持ちながら生きてきたわけではありません。
むしろ、何でもかんでも人や環境のせいにして、責任放棄を繰り返すような人生でした。

離婚もしましたし、仕事も転々としてきました。

次回は、責任放棄を繰り返していた頃の私についてお話したいと思います。



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