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正直 何てことない 粗末

 更新していないのは飽きたからではなく時間がなかったから、ということにしておいてくれ。ネタ振りしてる間に、出て行ってくれ。ジュリーかよ。
 こういうくだらない前置きは膣前提(誤字)にしておいて、SNSのことを書く。次回はエロい小説を載せるので我慢してくれ。ガマンしる。カウパーマン。

 と、ここまでの数行でだいぶ読み手が離れた隙に、本心を吐露しておこう。

 橘真児としてのSNSは、TwitterとFacebookのふたつがある。日本語が変だが気にするな。昔はmixiもやっていたが、面倒になってやめた。何が面倒だったのかというと、ネット上で他者と繋がることが面倒だったのだ。
 おい、ちょっと待て。SNSとはソーシャルネットワーキングサービスだ。ネットワークだ。つまり繋がることが目的だ。その根本部分が面倒なら、そもそもどうして始めたのかとお怒りの向きもあろう。
 まあ、順番に説明するからちょっと待て。
 最初に始めたのはmixiで、理由は至極簡単、しごくはチ〇コ、招待されたからである。最終的に何人と繋がったのか忘れてしまったが、二、三十人じゃなかったかしら。こっちからサカリがついたみたいに「ねえ繋がってよー」と求めなかったのだから、そんなものだろう。
 ただ、こっちが求めなくても、誰かを介して繋がることがある。ネットワークだもの。それでイラッとさせられることもあって、ある日、予告もせずあの世界から消えた。後悔はしていない。
 とは言え、繋がることは嫌いでも、情報発信そのものをしたくないわけではない(悪文)。現に、以前は「橘商店」という名前のWebサイトを零号から弐号まで三つも開いていたのだから。あれはAppleのそういうサービスがなくなることになったため、潮時かなと閉店したのである。

 閑話休題。

 mixiをやめたあと、いくらか経ってFacebookを始めた理由は単純である。ギターやベースが増えたので、これを世に紹介したいと思ったからだ。自分自身がギターやベースの写真を見るのが好きなので、同じ趣味の人間もいるだろうと思って。実際は、自分でアップした写真を、自分が一番眺めてニヤニヤしている。SNSならぬSMS。ソーシャルマスターベーションサービスだ。
 その後、同業者や知り合いなどが増えて、Facebookの友達(と呼ぶことには抵抗がある)も50人ぐらいになっている。これも自分から繋がった人はごくわずか。たまに駄文も書くが、ほとんど友達限定。公開しているのはごくわずかだ。そもそも誰も読んじゃいねえし、読ませる気もねえ。

 というわけで、橘真児という男がSNSに向いていないことが、おわかりになったのではないか。ねえねえワタシを見て、承認して、いいねって言って、みたいな気持ちがないからだ。だから他者と繋がりたがらないし、むしろ面倒だと思う。
(ついでに言えば、作品の感想も欲しいとは思わない。こっそり読んで、胸の奥にしまっておいてくれればそれでいい。そういうジャンルだもの)
 なお、繋がりが面倒なのは、あくまでもネット上のこと。現実世界では、そこまで他者を拒絶しない。むしろ現実の中で深く繋がりたい(エロい意味でなく)。

 Twitterを始めたのは、宣伝ぐらいしないとヤバいかなと思ったから。その流れでnoteに埋もれた作品を出して、出した本が売れたらいいなと考えたけれど、所詮はTwitterもSNS。繋がろうとしないで、満足な結果が見込めるはずがない。おかげで早くも嫌になりつつある。

 この年になって自分を変えるのはしんどい。よって、自分のペースで適当にやることにした。適当な宣伝と適当なネタを発信し、嫌になったらある日突然アカウントが消えるかもしれないが、そうなっても御免勘弁。

<次回予告>
 紅文庫「揉んでも抱けない」の、本に入りきらなかった連載原稿をアップします。たぶん。