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自分との意志の確認

その時その時の自分に正直に生きすぎて、今になって嗚呼あの時もっとこうしておけば良かった、少し頑張っておけば良かった、と後悔することが多いのだが、でももしあの時自分に正直に生きていなかったらそれはそれで別の後悔が生まれたかもしれないし、絶望して死んでたかもしれない、まあそう考えたら今どうするか考えればいっか、という感じで過去の自分への諦めはつく。
 
しかし諦めはついても、過去の自分にバカチン!と殴りたくなることは多い。
まさしく今が本当に、本当にそう。
これまでもそう思ってきたし、これからもそう思うことありそうだが、今もそう。

新しいことにチャレンジするには年を食いすぎたのだ。
私自身の気持ち的には二十歳そこらの時と変わらないし、色んなことに挑戦したい思いはむかしよりも断然ある。
世の中の多くのひとはそういうタイミングが私よりも早いのだろう。
私が遅いのか…

学生の頃にやりたいことは確かにあったが、就職氷河期を理由にするのも癪だが、当時興味のある仕事には就けなかったからそれならとりあえず適当にバイトでもしておくか〜となってしまったのがいけなかった、んだと思う。
何かしら関係する仕事に噛み付いておけば良かった。
しかしそれは今となってはどうしようもない。

でもその当時よりもこういう仕事をしてみたい、っていう確固たる気持ちは強い。
キャリアよりも、これやってみたい、あれやってみたい、と興味のあることに足突っ込みたい。

だけど…おっ、これ面白そうじゃん!という未経験可の求人のほとんど新卒や第二、あと年齢制限が記されている。
それを無視して応募したりするのだが見向きもされない。
どこが原因でハネられているのか理由は教えてくれないからわからないが、応募条件に適ってないからそういうことなんだろうな。

たった何社かの人事担当者の判断だが、お祈りメールが来ると世界が自分の存在を無価値で無意味なものだと思っていると感じてしまう。
私だけではないのもわかってはいるが、悲しくなる。
そして呪う。私が条件に合ってないのは私のせいだけど、でもその時のやり場のない気持ちはとりあえず呪っておくことで解消させるようにしている。

そういうのが続いたり、そもそも応募したいと思える仕事の求人を見つけられなかったりすると、もういいや、死なない程度に生きていけそうな銭を稼げればそれでいいや、もういいよ…マイナス思考全開。
それを条件にした仕事を見つけて例え受かっても絶対に泥沼になるのは目に見えているのに、無駄に時間を費やして求人サイトにかじりついてしまう。

これダメ。
新しいことにチャレンジするにはもう遅いだろって思われても、1日の大半を過ごす場所と、少なくとも何ヶ月はそのことについて考えなきゃいけないのに、楽しみを見出せそうにない仕事に就くなんて愚かでしかない。

ふぅ、時々こうやって自分の思考を整理しないと取っ散らかる。
楽に見つけられる仕事をしても後が苦しいだけ。
たぶん今諦めたら今後の人生すべてがつまらないものになりそう。
趣味の好きなことをしていても、全力で楽しめないような気がする。

本当はこういうこと10年前に気づきたかった。
戻れないから今やるしかないけどね。

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