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【詩】二十歳の原点より

夭折した天才が紡ぐ言の葉。
そこから滲み出る純粋性。
折に触れて読み返す詩も多いです。

そのなかで誰か一人挙げるとしたら。
真っ先に浮かぶのは、
高野悦子さんでしょうか。

世間的に有名なのは、
孤独と向き合った哲学的な独白。

でも、私は彼女が書いた
自然の詩も好きなんですよね。

まっすぐな眼差し。

若さゆえに拗らせた感性から
こぼれ落ちる言の雫。

様々なものを抱えた者が自然に
浄化を求めるさまの愛おしさ。

以下、著書の末尾に記された詩です。

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう
ゆっくりとあせることなく
 
大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫(す)おう
 
近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう
煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう
 
原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう
 
小舟の幽(かす)かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら
静かに眠ろう
 
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

『二十歳の原点』高野悦子

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眠れない夜に

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