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「ゲームさんぽ」を見て、自分の人生を振り返る

最近Youtubeの「ゲームさんぽ / ライブドアニュース」というチャンネルで、名越康文という精神科医の先生が、漫画「血の轍」を分析する、という内容の動画シリーズが投稿されています。

一本の動画が30分越えとそこそこ長いのですが、新しい動画が投稿されるとすぐに再生し、一度も中断せず最後まで見てしまうほど、僕はこのシリーズにハマってしまいました。

それはもちろん漫画の内容が面白いからというのもあるのですが、解説役である名越康文先生の分析が非常に鋭く、その分析を楽しみに毎回動画を開いています。


この「血の轍」という漫画は毒親をテーマにした漫画で、愛しているがゆえに自分の息子を束縛してしまう母親と、その束縛から逃れられない主人公である息子の家庭を描いた作品です。

詳しい内容はYoutubeの動画にゆずるとして、僕はこの主人公の人生と、自分の人生がとてもよく似ているな、と動画を見ながら感じていました。今回はそのことについての記事です。


僕の母親も、主人公の母親と同じく過保護で、僕の身の回りの世話を過剰なほどに行っていました。僕の着る服は全部母親が選んでいましたし、近所の子どもと遊ばせないなど、とにかく徹底して自分の管理下に置こう、というような教育をしていました。この辺りは、主人公の母親とほとんど同じです。

そのせい、というとあれかもしれませんが、僕は学校の人間関係にうまく馴染むことができず、少しいびつな学校生活を送っていました。普通に友達がいない時期もありましたし、周りの話題についていけないということも、しょっちゅうでした。

僕は生まれつき吃音症で、人と話すことがあまり得意ではありません。この作品の主人公も、ある時を境に上手く言葉を発せなくなってしまいます。名越先生の解説によると、これは重大なストレスを受けたことが原因となっているそうです。僕の症状は生まれつきですが、主人公の置かれている環境にはすごく似たものを感じます。


唯一大きく違う点があるとすれば、僕の両親は離婚している、というところでしょう。主人公のいる家庭の夫婦関係は、表面的には良好です。父親は家庭のことに対しては不干渉で、トラブルをできる限り起こさないように努めています。

一方僕の両親はというと、僕が生まれたときから仲が悪く、ことあるごとに喧嘩をしていました。離婚の原因となったのは母親の浮気ですが、それに気づいていたにもかかわらず、僕の父親はほとんどそれを黙認していました。いわゆる冷めきった夫婦関係、というやつです。

両親は僕が小学4年生のときに離婚したのですが、その後なんやかんやあって、僕は母方の祖父母の家に住むことになりました。遠くの家に住んでいるわけではなかったので、両親とはどちらも週一ほどの頻度で会っていました。


このことにより、僕は母親と物理的にも精神的にも距離を置くことができました。別の家に住んでいるからというのもありますが、母親は浮気相手とトラブルを起こしてしまったので、僕にかまっている場合では無くなったからです。

それに加えて両親が離婚したことのショックもあったので、僕の性格は離婚を経てガラリと変わりました。僕はこれを一度死んで別人に生まれ変わった、と表現しているのですが、それぐらいの変化です。そして母親の呪縛から逃れることが、幸か不幸か結果的に達成されたのです。


一方でこの物語の主人公は、自立できる年齢になるまで、いやきっと自立しても母親の呪縛から逃れることはできないでしょう。勉強から仕事、恋愛に至るまで母親の支配を受け続けることになるのが容易に想像できます。実際に主人公のことが好きな幼馴染のクラスメイトが登場するのですが、母親にその子と関わるのをやめるようにと言われたせいで、せっかくの告白を断ってしまいました。

僕も主人公と同じようにとても仲の良い幼馴染がいて、中学まで同じ学校に通っていました。それ以来3年ほど会っていなかったのですが、少し前に思い切ってその幼馴染の家に行きました。3時間以上かけて書いた手紙とお菓子を持っていき、話も弾んで楽しく過ごすことができたのですが、想いを伝えたらあっけなく断られてしまいました。

そんな境遇の僕としては、向こうが好きと言ってくれてるなら、なんとしてもその子と上手くいってほしいと思います。なので主人公が告白を断ってしまったシーンは、個人的にけっこうショックな場面でした。


僕にとっての「血の轍」は、もし両親が離婚していなかったら僕はどうなっていたのかという、イフのストーリーです。僕の人生を一言で表すと「孤独」ですが、主人公の人生は「執着」です。

両親の離婚という大事件を経て、周りの人を信じることができなくなり、本当の自分を覆い隠して孤独に生きざるを得なくなった僕と、母親とずっと関わり続け、幼馴染に自分の気持ちを打ち明けようとしている主人公は、ある意味で対照的です。


僕は愛されたい、認められたい、という感情を捨て、誰にも相談することなく孤独に自分の悲しみと向き合い続けました。何度も精神が狂いかけ、よく自分の頭を殴ったり、ときには発狂することもありました。そうでないと湧き出る感情を抑え切れないほどに、辛い日々でした。そしてなんとか自分なりの生き方を見つけ、ここまで生き抜くことができました(最近はうつ病ぎみですが)。

「血の轍」の主人公はそんな孤独に生きる僕とは違い、母親との関係性の中で、自分の人生に折り合いをつけていく必要があります。つまり最大の味方であり敵である母親と、真っ正面から向き合わないといけないのです。母親の言うことを素直に聞き続ければ問題ないのかもしれませんが、幼馴染のこともあるので、そういうわけにはいきません。

ですが、幼い主人公にとって母親という存在はとても強大です。血のつながりや体格の差だけでなく、生活全般を握られているので、母親の意思一つでご飯が食べられなくなったり、外出できなくなったりします。


そうした絶対的な力関係の中で、彼がどのようにして自己実現をしていくかは、とても興味があります。物語が幸せな結末を迎えることを願いながら、今後の展開をチェックしていきたいと思います。













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