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鴨頭嘉人の講演から学ぶ、鴨頭流自己啓発のメカニズム。「イイネ!」って何? 6/30

仕事が忙しくnoteがサボり気味になっていました、久保内です。

今回は自己啓発の思想のバックボーンを探るということで、先日100万人登録者突破し、謎のドキュメンタリー映画『鴨熱大陸』(超見たい)をもうすぐ公開する、Youtube講演家鴨頭嘉人がよく話す定番の自己啓発トークから、その思想はどこから来ているのかを解説してみようと思います。

鴨頭嘉人ってどんな人?

Youtube講演家鴨頭嘉人は、なんと1回300万円! 年間330講演をこなすという売れっ子講演家。マクドナルドに25年間勤務後、「ハッピーマイレージ」という、店員にお客からありがとうとかなんとか書かれた赤いカード(その運動のURLもバッチリ記載)を渡す運動を考え付き脱サラ。倫理法人会に所属し、講演家としてYoutubeに講演の模様をアップロードし続ける。最近教育系Youtuberブームに乗るかたちで登録者数100万人突破しているという人物だ。

一時期は、Youtubeからの収益をほぼ広告に費やし、動画広告でいきなり鴨頭氏が登場、濃いぃ講演がいきなり始まるという現象が起きて話題(嫌いな広告として)になった。今では、各種メディアにも積極的に出稿していて、ニュースサイトのバナーにもよく登場しているので、ご存知の方も多いだろう。

「せーのっ! いいね!」ってなんだ?

最近は、SNSにある「いいね!」にハマり、講演の合間合間に、参加者とともに「いいね!」を連呼して、久保内の心の容量をザクザク削ってくる。Youtubeにアップロードされているのは、氏が所属している練馬区倫理法人会での講演が多く、丸山敏雄が開設した倫理法人会の「純粋倫理」という概念は、鴨頭を理解するうえで必須の概念だ。

まずは、鴨頭氏の最近のお気に入り、「いいね!」も、なぜ参加者にも言わせるのか、どのような意味を込めて連呼しているのかから見てみることにする。N国党の立花氏から、「せーの、いいね! を政見放送で連呼すれば通る」と言われて鴨頭氏自身も「ありえるな」と、「心が動いた」ほど。

鴨頭氏の動画をなんだかんだ半年で100本近く見たのだけど、気づいたのが異様なほどに思想がシンプルなこと。まとめるとこんな感じだ。

1 自分→夫婦→親子→友人→社員→地域→社会 みたいな階層で社会は成り立っている。

2 よりよく生きるということは、社会から認められ、地域社会で活躍し、職場で信頼され、いい友人に囲まれ、素晴らしい家族とともにいること。

3 では、そのように生きるにはどうすればいいか。いきなり社会は間違っていると言ってもなにも変わらない。自分が変えられるのは自分の心だけだ。

4 どんな状況でもいつも笑顔で感謝する人は、家族との生活を明るくし、地域社会で頼られ……ええと以下略、社会に認められる。どんな状況でもいつも笑顔で感謝する人になろう!!

こんだけ。……こんだけや!!!

ってことで、「いいね!」という言葉が良いという理由はこんな感じ。

1 嫌な状況で「嫌だなあ」と思っていても、より不幸になるだけ。嫌な状況こそ喜び感謝することで、よい未来が手に入る。

2 否定的なメッセージに怯えながら働く社員はのびのびと働けるだろうか。叱り続けた子供が健やかに育つだろうか。「いいね!」とポジティブなメッセージを送り続けたほうがパフォーマンスが上がることは自明だ。

3 みんなで「いいね!」と言い合うことで幸せな未来が手に入る。

 つまり講演のほとんどが、最後には心のエネルギーと笑顔と感謝の問題になる。そしてそれを倫理法人会では、純粋倫理という原理だって言ってるみたいだ。鴨頭氏は、上司に「なんでお前は何度も同じ失敗をするんだ!」と叱責されたら、職場のトイレで一人で「ぼくのことを見ていてくれてありがとう!!」と叫ぶそうです。

「7つの習慣」も、全部修身の戦前道徳の授業や!

 動画を見るうちに気づいたのは、どんなビジネス書の用語を出しても即座に鴨頭流にアレンジするところ。例えばスティーブン・R・コヴィー 著『完訳 7つの習慣~人格主義の回復~』を引き合いに出すときも、人格主義の回復だとかまあそんな感じの内容にはほぼ触れず、内容の要約をさらに鴨頭流に一行にアレンジ。「習慣が人間を作る」と超訳してしまえば、先ほどのステップで、自分の心の持ちようの問題になってしまう。

「引き寄せの法則」も、サクッと『いいね!を実践すること』と翻訳されてしまう。外国人がどんなバックボーンで話しているなんかどうでもいい! 今すぐ実践できてイイ話であり、聴衆の心をつかむことが重要だと言わんばかりだ。

鴨頭嘉人のバックボーン・倫理法人会の思想とは?

では、思想のバックボーンの話をほぼしない鴨頭氏の講演のかわりに、筆者が彼の思想の背景について解説を加えてみよう。

まず、あらゆることを個人の心の問題に落とし込む「自分→夫婦→(略)→社会」というステップ式の社会観。これは、日本の江戸幕府を支えた林羅山らによる朱子学的道徳で、明治に入ってからは教育勅語に姿を変え、修身(道徳の前身)の基礎になったものから引き出されたものだろう。イギリスのジェントルマンやフランスのシトワイヤンに対応するような、良き日本人像として設定された道徳観念だ。

教育勅語には以下のような文面がある。

(前略)爾臣民父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習ひ、以て知能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広め、世務を開き、常に国憲を重んじ、国法に遵ひ、(後略)

 国民は父母に孝行し、兄弟仲良くして、夫婦仲睦まじく、友を信じ、行動は慎んで、他人にやさしく、学問を収めて仕事を習い…… と言った文面で、明確にステップ式の社会構造を前提に書かれている。

 違う点は、修身や前提になった朱子学的儒教的道徳では、それぞれの社会ステップにおいて求められる徳の形や重要性が違う。「仁・義・礼・智・信」からなる「五常」の徳目や、「五倫」と呼ばれる「父子・君臣・夫婦・長幼・朋友」の関係を維持するよう努める内容なんかがそれだ。教育勅語は、それに絶対の存在である天皇を付け加えた形になっている。

 鴨頭氏、および所属する倫理法人会の母体である倫理研究所では丸山敏秋「純粋倫理入門」を読む限り、礼記の大学にある「修身斉家治国平天下」のみを抽出して、この社会構造観にあてはめているように見える。

 「修身斉家治国平天下」とは、「天下を治めるにはまず自分の行いを正しくして、家庭をととのえて、次に国家を治め、最後に天下を治めるべきである」という言葉。この言葉を逆にたどると、天下を治めたいなら、社会的に成功したいなら、自分の行いを正さなければならないとなり、鴨頭氏の言うこととピッタリ符合する。

このように単純化すれば、「修身」を極めるだけで天下まで一貫して語れてしまう!! それが倫理法人会の「純粋倫理」の核だと自分は考える。もちろん、久保内は(煙草を吸った人間はドラッグに目覚め、大麻に手を出し、そして覚せい剤に興味を持ち始める……とか学校のポスターに貼ってあったよね)とかぼんやり考えるように、それを信じるに足るとは思っていないけれど。

倫理法人会の創設者・丸山敏雄とは?

倫理研究所の創立者・丸山敏雄は、前述の戦前の道徳であった修身を単純化してわかりやすくすることで、「いい行動はいい結果を招く」というどんな宗教観でも「まあ大体そうだね、いいよね、7割同意するわ」くらいの生活訓にすることで、敗戦後の日本というアイデンティティ喪失の中、修身の復権をはかったと考えていいと思う。生活訓であるために宗教色も薄れて、一般からの抵抗感も軽減させることに成功した。

そして純粋倫理という言葉は、どう見てもカントの「純粋理性批判」から頂いている。カントはどれだけ疑っても理性的に否定し続けても最後に超越者の存在を認めざるを得ないという考えだが、丸山敏雄はそれを素朴にひっくり返して最高善を求め続けると自身の幸福と同一化するとした感じだ。「我思う ゆえに我あり」から、「我いいね! ゆえに社会もいいね!」へ……。分かりやすさは難解さを駆逐する……。

で、この丸山敏雄、実は倫理法人会立ち上げの前は、PL教団の前身であるひとのみち教団に所属し幹部になっていた。そこで第二次世界大戦に突入していくわけだが、そのとき弾圧を受けることになる。ひとのみち教団は教育勅語を教義の一つに置いていたのに弾圧を受けた理由は、不敬罪。

教育勅語を天皇の御心とちがう形に解釈した疑いだ。この罪状にはこじつけ感があるのは否めないが、朱子学的修身を、単純化して読み替えた丸山敏雄と重ねてみるとなかなか興味深い。また、成文化した教義をもたないPL教団と、PL教団員の生活指針であるPL処世訓は、倫理法人会との共通点が非常に多い。

失敗するのは自分の心のせい、成功した人は心が素晴らしい人……?

とはいえ、綿々と日本で受け継がれてきた修身を礎にしているのなら、鴨頭氏や倫理法人会の活動も一定の妥当性はあるのでは?

確かに。居酒屋のトイレに書いてあるノスタルジー溢れるおやじの小言程度には。でも、中小企業の社長などが所属する会でそれが流通すると……どうかな? というのが久保内の考えだ。

また、成功者や話題になっている人は、それだけで優れている(心の修身(実践)ができていないと原理的に成功しえない、から)という思想にまっすぐにつながることも危惧している。つまり成功者は成功しているという一点をもって、人間的に学ぶところがあるとお墨付きが得られるということだ。鴨頭氏の最近の動画コラボ相手である、堀江貴文氏、N国党立花孝志氏、中田敦彦氏、ラファエル氏などが、人間的にどうかということについて久保内の私見は差し控えたい。壮観だなあとは思います

戦前の修身を復権させてより単純化・先鋭化された考えを、「いいね!」と取り入れたらどうなるか……。とりあえず倫理法人会の勧める活力朝礼の方法を見ていただこう。

ここにもいっぱい活力朝礼あるから見てみよう! 

一目瞭然。こうなります。

そもそも朱子学的修身が、江戸時代から大政奉還を経て天皇の治世に戻ってからも採用され続けたのか。それは、支配者層に都合がよい考えだったからだ。

さらに、鴨頭流の考え方で言えば、自分が心から信じてポジティブな姿勢をとれば、必然的に社会に認められて幸福になってしまうもの。

逆に言えば、社会のすべての理不尽や、家庭不和、職場での軋轢、過重労働なんかも全部自分の心に悪いものがあるから、ということになる。この考え方はたやすく人を自責の念で押しつぶせると考えるのは自分だけだろうか。

また、それを中小企業の社長に教えて、成果の出ない社員に対してどんな態度に出るか想像に難くないのではないか。あっ、優秀な倫理の会員である社長は、社員が成果を出せないのは当然社長である自分の心が悪いからと考えて社員を誉めるんですよね。そうですよねー。

彼らの提唱する考えに「喜働(きどう)」、文字通り喜んで働くというものがある。一生懸命に働けばいい結果が出て、さらに仕事が任せられて、それを喜んですることで……というループがそれだ。

この「喜働」の考え方は働き方改革についての鴨頭氏の講演が象徴的にあらわれている。これは、問題含みの働き方改革を超単純に「休みを増やそう、労働時間を減らそう」とする政策と断じ(もしそうならどれだけいいだろう)、さらにサクッとその考えを否定する鴨頭氏の雄姿を見ることができる。

「休日を増やそう、残業を減らそう。それ働き方改革になってます?」
(中略)
「あんなもん、働き方改革になってませんから。良くなってますか? 何が良くなっているんですか? 問題を増やしているだけじゃないですか。いやそもそも前提がずれてますよ」
「働き方改革というのは、働く時間を減らせば日本人は幸せになるって言ってるんですよ。」
(中略)
ふざけんな。そんなことで日本人は幸せにならない。本当の働き方改革とは、65%の時間(引用者注・65%は一日の労働時間の意味)『超楽しいんですけど』ってなることじゃないの?
「じゃあ政府はなんであのような全く無意味な活動になってしまっているかわかりますか? それは、今働いている65%を充実させる力が政府にはないからですよ。あたりまえじゃないですか」
「今働いている65%の時間を『超楽しい!』って変えられるのは誰ですか。僕です。(参加者笑い)……僕以外にはできないんです。そう、あなた以外には」 (強調・引用者久保内による)

 問題含みの「働き方改革」の内情や文脈を一切無視して「休日を増やそう・残業を減らそう」と単純化。さらに政治のレイヤーの話を間髪入れずに自分の心の問題として突きつける。鴨頭氏のオハコの論理展開だ。

 どんだけ中小のワンマン社長に都合のいい理屈なのかと感心するほかない。このいい話を持ち帰った社長は社員にどんな話を聞かせてくれるのでしょうか。想像すると「超楽しい!」ってなるので、こんな文章書いている自分の働き方改革は大成功です。

 このように、環境を変えるより自分の心を変えることで、状況が違うように見えたり活路が見いだせるというのは、処世訓としては「そういうこともあるよね」という話ですが、それですべてが説明できるはずがない。

 例えば、現在アメリカで盛り上がっているブラックライブズマター運動については、この視点から何か建設的なことが言えるのか。構造的な差別についてはどうか。自分の心の問題で信じれば黒人の肌が白くなるのか。そんなことを言ったら、髪の毛が抜けて無くなるほど社会的糾弾を受けるだろう。(あっ……)

 そして、鴨頭流の倫理法人会の自己啓発は、自分の気持ちを前向きにさせるのと同時に、中小企業のボスの気持ちも前向きにして、愉快な活力朝礼を社員たちに善意で強いることになるのではないか? と感じる。

 鴨頭流の生き方と、倫理法人会はそれ自体は宗教ではない。宗教ではないが、科学でもない。何となくイイ話だ。宗教は人生すべてを救う説明原理だが、倫理法人会がいう幸せは、「早起きしたら気分がいい」レベルの救いであり、人生の問題に答えるものにはなり得ないと自分は思う。そして、戦前の修身の現代的復活であり、おっさんノスタルジーの結晶でもあると思う。

 フレッシュな社会人は、これを頭から信じてネギをしょった鴨になるのではなく、そんなイイ話を振りかざして従わせようとしてくる中小企業のボスたちのいなし方や、見限り方、ヤバさを嗅ぎ取る教材として使うというのが鴨頭氏の正しい使い方なのではないか。そう自分は考えます。



 ってことで、今日はこの辺で。執筆時間はさすがに考えたくない。きっと鴨頭氏は、批判は無視して毎日の仕事を超楽しい!と過ごすために全力で無視してくださると信じています。

 自己啓発系の記事はこの辺りにまとめておきます。

 アレをアレしたければマシュマロにアレしてくださいね。


 





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