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[SS]居場所

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2024年5月の記事一覧

私は伊勢神宮の精神性のどこに、英国人の参拝者が魅力を感じているのか?観察しました。分かったのは、日本が好きな方が日本の雰囲気に触れたくて、神社を訪れている。私も日本人なので、会話できて嬉しそうだった、日本語を勉強されている方もいました。もしかしたら、日本を楽しみたいと思っている。

僕が地域の人と話が中々進みませんでした、自治会長が居ましたが、よそ者の僕には腹を割って話す事ができませんでした。しかし僕も当然だと思いました、身内の恥をベラベラ話す人は居ませんし、僕にも強引に話を進めようとした所がありました。僕もこの度の事件とは距離を置いた方が良いと感じました。

私は中国は日本に比べ、近代化に遅れをとるなと思った。日本では改革により新政府が立ち上がり、新しい文明が出来つつある。それに比べて清朝の古い体制が残っている中で、欧米に対抗する力を持てないだろう。日本が国を整備していくと、やがて東アジアの海洋利権を巡って衝突するだろうと踏んでいた。

観客にはブルマが見た山東省の山々が連なった光景が目に浮かびました。生き生きとした龍の姿に大興奮、イベントは大成功、観客からも拍手が起こり、年初に縁起が良くて、いいスタートになったと喜びました。ブルマも大役を務められたと亀仙人にお礼を言い、この度の物語を絵本にしたいなと思いました。

元旦は天候も素晴らしく、年明けに相応しいスタートを切る事が出来た。イベントは1日の11時から行われて、広場には多くの市民が集った。ブルマは大きな掛け声を出しながら、中国で見た忘れることの出来ない、赤くて大きな眼を描いた。ステージの上を縦横無尽に動いて生き生きとした龍を完成させた。

居場所のない人が集う場所で、一時期はヤンキーの溜まり場にもなりましたが、地域の人に説明しないとこの家もやっていけなくなると納得してくれた。食べる物や住む所のない人の生活支援も行い、僕と私の出会いも偶然が重なった。火事で身寄りのない障害者が不幸な事故で亡くなったと僕に話が来ました。

薩摩と長州が手を組み、薩長連合で討幕を進めた。幕府は討幕の中心である、長州征伐に失敗する。薩長は武力討幕を決意したが、土佐藩は将軍に政権を朝廷に奉還する様に進言、薩長両藩は政局の主導権を握る為、王政復古の大号令を発して、新しい政府を作る。明治政府は強国を作る為に富国強兵を行った。

英国人の方に実際に話を聞くと、日本人の精神性が好きで、阿弥陀仏を参拝する文化にも関心を持っている人もいる。しかし、色々な方から話を聞いていると、西洋の占星術の様な占いをイメージしている人が多く、神様に救いを求めるよりも、幸運を引き寄せる、パワースポットとして認識している方が多い。

僕は母子家庭で育ちました、子供の頃は引っ越しする回数が多かったです。貧しかったですが奨学金で大学を卒業出来ました。寮に入っていたけど、各国の派閥があって、僕はどのグループとも仲が良かったのです。他人に相談される様になって、行き場所のないヤンキーや乞食の人が過ごせる家を借りました。

太平天国は農民のユートピアを建設しようとしました。欧米が持ち込むはずの文化に憧れを抱いたのです。都市の新しいデザインは提案されたのですが、実際にどうやって実現するのか、その行動を説明する事は出来ませんでした。日本では浦賀にペリーが来航して、日本の改革が始まりました。明治維新です。

ブルマは駅前の新しい交流施設の広場で、書道ペインティングをしようと提案しました。2つのキャンパスを用意して、一つには今年の干支・辰の字を書きます。もう一つの長方形のキャンパスには、ブルマが亀仙人と中国で観た、龍の絵を描きます。打合せに居た亀仙人に悟空への車の手配を宜しくと伝えた。

社会で私を受け入れる居場所はありません、私に社会の中を生きる力はないのです。両親も家族であり続けることが出来たなら、母を否定する事もなかったと思います。私がこれからの身の振り方を考える時、誰かに助けを求めるしかないと思いました。しかし何処に相談すれば良いのかも分かりませんでした。

子供が生まれて中国に戻って外交官として欧米列強の東アジアの植民地化から日中の近代化を朝鮮日報のコラムに投稿した。その間、私も家族と幸せな生活を過ごす事が出来ました。日本では異国船の入港が相次ぎ、外国からの開国を求める声が高まった。中国の農村は疲弊していて、反乱が度々起こりました。

私は好運にも伊勢神宮の英国支社で働けました。面接で熊野古道や熊野詣を話すと、とても興味を持たれている様子で、今は友人の仕事も手伝っていると伝えた。英国人に神社を参拝する信心が日常生活の中にあるのか?英国にいる日本人ばかりではないか?と思ったけど実際に参拝する英国人は沢山いました。