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正解に価値はない


答えは変化する

今インターネットを開けば
いくらでも情報が手に入る時代です。

YahooやGoogleで簡単に正解が得られます。
もっと正解が欲しければ
Amazonで2、3回クリックしたら
その分野の専門書を手に入れることも出来ます。

今世の中には正解が溢れています。

去年
Twitterの世界で
「正解vs正解」の喧嘩をたくさん目撃しました。
例えばこんな感じ↓

Aさん
「〇〇は感染予防に良いらしいよ」

Bさん
「証拠は?専門家でもないのに言わない方がいいよ!」

Cさん
「いや、そもそも感染者ゼロにしようとしていること自体が間違いでしょ!」

Dさん
「じゃあ人が死んでもいいって事ですか?」

みたいなやつ。
これ、全て正しいことを言っているんですよね。
みんな正解なのに、誰も得していないのです。

これはただ
交わらない議論になっているだけでもあるのですが
正解が溢れ過ぎていて
正しい=正義だと思っている人が
多いような気もしています。

自分の中で「これが正しい」と思うと
正解がその一択だけだと誤解してしまい
それ以外の意見を持つ相手の立場を想像することを
やめてしまうのです。

正解は一つじゃありません。
正解とは人の数だけあって
状況によって変化もします。

正解はネットにたくさん書いていて
しかも変化する。
そう考えたら
正解そのものに
そんなに価値はないということが
わかると思います。

間違いは怖くない

正解に価値がないのであれば
「間違いなんか怖くない」と
捉えることも出来ます。

なんならむしろ
面白い間違え方をした方が
希少性が上がり
価値が上がるという見方も出来ます。

少し視点が変わりますが
「今の自分」が「理想の自分」に
追いつかない原因の一つは
間違いたくないとか
失敗したくないという
不安があるかれではないでしょうか。

この不安が
行動に繋がるアクセルを
踏ませないようにしていませんか。

今の時代は
正解したところで
それはもうすでにネットに書いてあることだし
成功したところで
それはもう他の誰かが既に成し遂げていることでもあるので
もはや正解も間違いもなく
成功も失敗もないのです。

ヨガ経典では

成功と不成功は平等である(バガヴァッドギーター2-48参照)

と言われています。

こういう感覚が芽生えてくると
自分の未来に忖度しなくて済みますから
本当に自分が大切にしていることに焦点を合わせて
アクセルをベタ踏みすることが出来ます。

想像力が必要な時代

今は正解よりも
もっと大切なものがあります。
それは想像力です。

想像力があれば
相手の立場になって
相手にとっての正解を理解することが出来るし
より広くニュートラルな視野を持つことも出来ます。

先程のTwitterでの喧嘩もなくなるし
夫婦喧嘩や会社でのトラブルも少なくなるはずです。

よくヨガでは「慈悲心」のような
わかるようでわからない言葉が出てきますが
これは「相手の立場になって考える」ということです。
これに尽きますね。

正解 < 想像力

僕たちは子供の頃から
テストでたくさん正解をすることが
良しとされてきたので
どうしても正解を求める習性があって
それが正しいとわかることが安心材料になっています。

ですが
その「正しい」同士がぶつかり合い
争いを生む時代では
間違えてもいいから
その分相手の立場になって考えるということの方が
本当の意味での『正解』だと思います。
そうなると
世の中がもっともっと
ハッピーになりそうですね。

おわり

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