語り継ぐこと 2020年8月12日
8時半に目が覚める。今日も猫の鳴き声が目覚ましがわりだ。
平熱。異常なし。
スマホのニュースで、渋谷の不動産開発に力を入れている東急が、コロナの影響でオフィス離れが進む現状に、新たな経営対応を迫られているという。
コロナウイルスは一過性のものだとはじめは考えていたけれど、ほんとうに世の中の仕組みががらっと変わる可能先があるということを大企業も強く意識するようになったのだ。
あれだけイケイケで進めていた再開発に影響が出るとは誰もが予想すらしていなかっただろう。
大企業ですらやはり見通しは全く立たないのだと思うと、うちのような雑草的企業はあっという間に吹き飛ばされるか、焼け野原の隅でしぶとく生き残るかのどちらかしかない。
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今日は日航ジャンボ機墜落事故から35年。ちょうどわたしは中学3年生だった。
あの夜の緊迫した臨時ニュースが思い出される。
あの事故以来、飛行機というものをわたしはどこか根っこのところで信じられなくなった。今でもそうだ。
人間がすることには絶対に間違いがないことなどあり得ない。さまざまな過信があの事故を起こしたように、わたしの身近にも同じようなことがいくつもある。それが命に関わるか関わらないかだけの違いなのだ。
でも、過信という言葉は少なくとも自発的な言葉ではない。他人の客観的な視点があるからこそ存在する言葉なのだ。
だからこそ、35年間、この日が振り返られたように、わたしたちはすべての不幸な出来事に対して謙虚にそして語り継ぐ必要があるのだろう。
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先日の熱中症の怖さが頭から離れない。家を出て人通りを確かめる。厚生労働省は2m以上の距離が確保できればマスクは外してもよいと言っている。速やかに外す。
初めのころ、マスクを手で触ったり、何度も外したりするのは意味がなく感染の危険があると言っていたが、この暑さでは熱中症の方が命にかかわる気がする。
自宅からの最寄り駅につくと、汗びっしょり。代謝機能は大丈夫のようだ。今日はカバンに冷たいスポーツドリンクも入れてきた。一口二口、のどを潤す。電車はこの暑さで外出を控えているのか、ガラガラだ。いや、11時過ぎ出発の重役出勤だからだだろうか。
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本郷三丁目に到着し、スーパーでスポーツドリンクと紙コップ、塩分摂取用の飴とアイスのパルムを買う。
事務所はうだるような暑さ。エアコンの前に立ち、しばしクールダウン。水分補給も欠かさず。
雑誌の部決もお盆休みの前に一つを残してすべて終了。とりあえずお盆明けの休みボケ状態でも大丈夫だ。
夕方、著者の多田欣也さんがお見えになる。ご自身が書き溜めたカードイラストの作品パネルを愛車「メンフィスベル号」でお持ちくださったのだ! お元気そうでほっとひと安心。
作品は、欣也さんがこれまで書き続けたネイティブアメリカンやサイレント映画の俳優の肖像をカードに1枚1枚描いたもの。今日お持ちになった分だけでも1,000枚分はあるだろうか。ただただ圧巻。ぜひ機会を見つけて展示したいと思っている。
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飲みに行きたいなあ……でも、その勇気がないまま、だらだら仕事をして22時をけっきょく回ってしまった。
飲み屋と飲食店の明かりが消えた、薄暗い本郷通り。
急ぎ足で駅まで向かいながら、未曽有の出来事でどんなことがおきていたのか、ささいなこともきちんと記録にとどめておかなければいつか全てが忘れられてしまう、そんな思いがした。
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