「モンゴルの聖母」
世界一周18日目(7/16)
誰かが僕にサバイバルシートをかけ直してくれた。
僕の頭の横で女の人が何かを言っている。英語で僕に話かけてくるのはわかる。僕は眠たくて適当に返すのがやっとだった。
それから1時間くらいして目が覚めた。
隣のベンチに品の良さそうなモンゴル人の女性が腰掛けていた。
彼女も夜遅くチャイルの町に到着し、ここで夜が明けるのを待っていたのだという。
モンゴル人だって、あたりが真っ暗になったら出歩かないのか…。
「Are you a student?」
英語だ。
ここへ来て、ホステルのスタッフ以外に始めて英語の話せるモンゴル人に出会った。
簡単に自己紹介を済ませ、僕の旅のプランを話した。
僕はデイヴィッドに聞いた、ゴビ砂漠までのルートのこと。今日はタクシーで
マンダルゴビの町まで行くことを。
彼女は驚いてこう言った。
「そんな!タクシーで行けるような距離じゃないわよ!それにどれだけ高くつくのか分かったもんじゃないわ!ダランザドガドまで行きたいのなら、なんでUB(ウランバトール)からバスで行かなかったの!?」
あれ、デイヴィッド…話が違うよ…?
「ダランザドガドまで行きたいのなら、一旦UB(ウランバートル)まで戻ってバスで行った方が賢明よ」彼女は親切に僕に教えてくれた。
だけど、これがわがままだと分かっていても、
僕は後戻りはしたくなかった。
「ごめん、でも、僕は戻りたくないんだ。前に進みたいんだよ。ちょっと高くついちゃうかもしれないけど、僕はタクシーでマンダルゴビまで行ってみるよ」
彼女は困った様な顔をしてこう言った。
「仕方ないわね。もしかしたら、ガスステーションに行けば、ダランザドガドまで一緒に乗せて行ってくれるトラックがあるかもしれないわ」
僕は成り行きまかせで彼女についていくことにした。
僕たち二人はチャイルのレストランで、朝から食べるのには重すぎる(僕は腹ペコだったんだけど)朝食をとり、タクシーを拾ってガスステーションまで行った。
彼女はトラックの運転手に僕を乗せてくれないかと頼んでくれが、どのトラックも重たくてデカいバックパックを背負った旅人を乗せるスペースはないと断った。僕のために一生懸命、マネージャーとやり取りをしてメモをとり、僕にこう言った。
「12時に別のトラックがくるそうよ。そこでもう一度訊いてみるしかないわね」
これでダメなら諦めるしかないだろう。
最後に交渉したトラックからの連絡を待っている間、僕たちはインターネットカフェに行き、僕はブログを編集し、彼女は一旦どこかへ行ってしまった。
僕は複雑な心境だった。
せっかくここまで来たのに、引き返さなくちゃならないなんて…。貧乏バックパッカーのくせして、無理しても前に進みたかった。
でも、今回の体験で分かったこともある。
宿のない町に泊まるのは時に危険が伴うことを。
もし、マンダルゴビの町に宿がなかったらどうしよう?一旦UBに引き返した方がいいのか?
エベレストに挑戦した栗城さんが、引き返せなかった気持ちが理解できた。
客観的にみたら馬鹿げてる判断を意地になってしてしまう時がある。
正午になり、彼女が戻ってきた。
ネットカフェに置いてあったケトルでお湯を沸かし、インスタントコーヒーの粉末を混ぜた。温かい物を口にすると落ち着くのは何でだろう?
彼女の名前はアルタ。
モンゴル人のクリスチャンだという。
英語に堪能で、英語の教育教材を販売している。今回はたまたまチョイルにくる予定があったぞうだ。
「僕は運がいいんだろうか?」
アルタにそう尋ねた。
「すべては主が導いてくれるの。神があなたに出会ったのも、あなたがこうして旅を続けていられるのも、全ては主が私たちを導いてくださるからなのよ」
と彼女はクリスチャンらしい答えを返した。
最初は、アルタの提案に反発していた僕だったが、彼女の話を聞いているうちに、僕がここへやって来たのは彼女に会うためだったんじゃないかと思うようになっていた。もし、これでトラックが見つからなかったら、彼女の言う通りUBに戻って、出直そう。そうアルタに伝えると彼女はこう言った。
「さっきトラックの運転手から連絡があったわ。『3時にもう一回来てくれ』だそうよ。 よかったわね。これでダランザドガドまで行けるわよ」
この時ばかりは神様の存在を信じないわけにはいかなかった。そして彼女のクリスチャンとしての精神に僕は心を打たれた。
僕の目の前に神に仕える一人の女性がいた。
3時にもう一度ガスステーションに行き、僕は空を見上げた。
誰が言ったんだろう?
「みんな同じ空を見上げている」
って。
確かに空は境界線などなく、世界をつなげていると思う。
けど、同じ空なんてない。僕はそう思う。
モンゴルの空には日本では見ることのできないような壮大な、壮大な雲が支配していた。
今まで、どこか人と折り合いをつけるのが苦手で、それでいて誰かに認めてもらいたくて、旅に対する想いを何年も温め続けた僕の生き方は、この旅路に繋がっていたんだと思うと、誰かが肯定してくれたような気がして少し涙が出た。
神様はいるのかもしれない。
「あなたのことを主は見守っていてくださるわ。
あなたの旅路が上手くいくよう、あなたの夢が叶うように祈っているわね」
アルタはそう言って
僕の頬にキスをした。
僕は今まで見たこともない様な巨大なトラックに乗り込んだ。
トラックは轍を走る。
チャイルの町を出た瞬間、日本の様な舗装された道路は見えなくなった。
草原が続く。
動物たちが群れをなして草を食む。
21時に日は沈んだが、僕たちは止まらなかった。
道に溜まった雨水が、車のヘッドライトに照らされて、恐竜の化石を僕に思い出させた。
巨大なトラックはガイドブックには載っていない道を走り続けた。
現在、自作キャンピングカー「モバイルハウス」で日本を旅しながら漫画製作を続けております。 サポートしていただけると僕とマトリョーシカさん(彼女)の食事がちょっとだけ豊かになります。 Kindleでも漫画を販売しておりますのでどうぞそちらもよろしくお願いします。