旅と学びを科学する4つの仮説【レポート/鮫島卓さん】
みなさん、こんにちは!TABIPPOライターの西嶋です。
自分と世界の豊かさをつくるニューノーマルトラベラーが育つ学校「POOLO」で行われた講義の様子をレポートします。
今回のレポートは、9月3日にオンラインで行われた講義 「旅と学びを科学的に考える」です。登壇者は、駒沢女子大学観光文化学類准教授の鮫島卓さんです。
登壇者:鮫島卓さん
旅とは何か
最初に結論を言うと、「旅とはVUCA時代に求められる生きた知識を獲得できる学校である」というのが僕の理解です。旅の中で得られる学びについて、僕の研究の途中経過を踏まえて説明していきます。
さて、あなたは家族に「旅に出ます」と言われたとき、どんなふうに感じますか。
「旅行に出かけます」という表現だったらどうでしょう。
チャット欄に「旅行なら安心して送り出せるけど、旅だと半年くらい帰ってこない予感がする」と書き込んでくれた人がいますね。そうですね。
旅には「苦労・苦役・修行・冒険・探検・帰りが約束されない・一方通行」というニュアンスが、旅行には「暇・楽しみ・娯楽・帰ることが前提・円環」のニュアンスがあります。
旅と旅行、どちらがいい/悪いという話ではありません。旅には旅行的な側面があるし、旅行には旅的な側面があるものです。
旅と旅行の二面性を理解したうえで、そこにどんな学びの要素があるのかを明らかにしましょう。遊びのつもりの「旅行」であっても、実は大きな学びが得られるものなのです。
ここからは、旅と学びに関する4つの仮説を紹介します。
旅と学びを科学する
仮説①旅をすると「生まれたての赤ちゃん」になる
突然ですが、あなたは500円硬貨の表にどんな絵柄が描いてあるか知っていますか?
おそらく多くの方が知らないでしょう。500円硬貨の柄を知らなくても、日常生活にはまったく支障がありません。その大きさや形だけを知っておけばいいのです。
私たちは日常生活において、必要な情報を最小化して生きています。これが「習慣」です。
日本人は一般的に、英語のLとRの聞き分けができないと言われていますよね。一方、8か月までの赤ちゃんは、LとRを聞き分けられることがわかっています。私たちは、成長するにつれ、LとRの区別ができなくなってしまうのです。
なぜこんなことが起こるのか。
それは、生まれたての赤ちゃんの脳は、すべての情報を受け取ろうとしているからです。その働きには膨大なエネルギーを消費するため、赤ちゃんはよく眠るのです。
LとRを聞き分けられなくなるのは、脳が「この人の日常生活にLとRの聞き分けは必要ない」と判断してエネルギーを節約しようとするから。これが「慣れる」という作業です。
旅をすると、僕たちは生まれたての赤ちゃんのようになります。目に映るものすべてが新鮮で、たくさん写真を撮るでしょう。
一方、ある土地に長期間滞在すると、関心が薄れていき、写真もほとんど撮らなくなります。脳が情報を取捨選択して、無駄なエネルギー消費を抑えるようになるからです。
仮説②旅をすると創造力が高まる
仮説①では、旅によって好奇心が全開になることを示しました。好奇心が刺激された結果、どんなことが起こるのか。その一つが「創造力アップ」です。
ドトール創業者の鳥羽さんとニトリ創業者の似鳥さん。2人の共通点は「海外で新しいビジネスのタネを見つけたこと」です。
ドトールの鳥羽さんは、視察旅行でパリのカフェを訪れました。そこで、カウンター席にはたくさんの人がいるのに、テーブル席には誰もいないことを不思議に思います。
その理由を突き止めようとカフェに入り、メニューを見てみると、カウンター席とテーブル席で、飲み物の価格が違ったのです。鳥羽さんはこれにインスピレーションを受け、さっとコーヒーを飲んで立ち去れるような喫茶店を思いつきました。
ニトリの似鳥さんもまた、視察旅行で着想を得たひとりです。
アメリカの巨大家具チェーンを訪れた一行ですが、似鳥さん以外は「アメリカは国土が広いから、数百店規模のチェーン展開が可能なのだろう。アメリカと日本は違う」と、まったく参考にしようとしませんでした。一方似鳥さんは「日本でもできるはずだ」と考え、ニトリを始めて大成功を収めます。
考えが凝り固まってしまうと新しいアイデアは生まれません。気になるカフェに入ってみたり、日本でも同じようなことができないか考えてみたりと、固定観念を壊すことが、発見の契機となるのです。
旅先では、日本の価値観で動くのではなくて、現地のものを食べたり、現地ならではの行動をしてみたりしましょう。それまでの常識が通用しないときだからこそ、生まれるものがあるはずです。
仮説③旅は「苦痛」ではなく「充実」である
旅に出ると、混乱したり、大変なことに遭遇したりします。でもそれは「苦痛」ではなく「充実」なのではないか、というのが僕の考えです。
20万年前、人類は狩猟採取・遊動生活を送っていました。農耕牧畜をするようになり、定住生活を送るようになったのは、実はたった1万年前のことです。人類の歴史は、定住よりも遊動のほうがずっと長いのです。
遊動生活では、毎日移動し、常に新しいことに遭遇していたでしょう。「何を食べるか」「水場はどこか」「テントをどこに張るか」などといった意思決定の積み重ねによって自己効力感が高まり、大変ながら充実していたのではないかと思います。
遊動生活は不便の連続ですが、それがウェルビーイングにもつながっていたはず。一方で、現代の定住生活は、余計なエネルギーを使わずに住むように志向されています。
ここである実験を見てみましょう。街歩きにおいて、「スマホを使ったグループ」「地図を使ったグループ」「どちらも使わず、自力だったグループ」のうち、幸福度が最も高くなったのはどのグループでしょうか。
実験結果は次の通りです。
ポジティブ感情が高くなったのは、不便なとき(地図を使ったグループ、スマホも地図も使わなかったグループ)ですね。地元の人に助けてもらったり同行者との対話が生まれたりしたことが、ポジティブ感情につながったようです。
仮説④旅では「適度な不便(ストレッチ)」が幸福度を高める
不便と幸福度の関係についてもう少し考えてみましょう。
ポジティブ感情を縦軸に、ネガティブ感情を横軸にとると、「コンフォートゾーン」「ストレッチゾーン」「チャレンジゾーン」の3つの領域があると言えるでしょう。
先ほどの実験であれば、それぞれ次のように該当します。
・コンフォートゾーン:スマホを使う
・ストレッチゾーン:地図を使う
・チャレンジゾーン:自力でなんとかする
注目してほしいのはストレッチゾーンです。ポジティブ感情は高く、ネガティブ感情は低くなっていますね。旅においては、適度な不便が幸福度を高めるといえそうです。
旅の学びとは何か
旅と学びは、今まさに世界各国で研究が進められている領域。まだわかっていないことも少なくありません。
それでも断言できるのは、不確実なVUCA時代において、旅の学びは大いに役に立つということです。
VUCA時代においては、常に学び続けて、変化に対応することが求められます。
その点、旅ならば、楽しみながら自分で課題を見つけられます。人から何かを教えられて「これは大事だよ」と言われるのではなくて、自分で気づいたり、考えたり、問題意識が芽生えたり、新しい目標が見つかったり……。旅は、生きた知識を得られる究極のアクティブラーニングだといえそうです。
ここからは、みなさんのコメントや質問に答えていきます。
Q. 夫婦で世界一周予定です。「赤ちゃんになること」を意識して、いい旅にしたいと思います!
夫婦で世界一周。いいですね!
パートナーとの日常的な関係性がそのまま持ち込まれるので、「赤ちゃんになること」はますます難しくなる可能性が高いでしょう。
それでも工夫はできますよ。
旅先で日本食レストランに行くのもいいですが、現地のものを食べてみたり、市場やスーパーを覗いてみたりすれば、地元の人の視点に立てるはずです。パートナーとしばらく別行動をした後、「何をした?」「何を見た?」とシェアし合うのもいいかもしれませんね。
Q. 一人旅と複数人での旅、学びの質はどう違うのでしょうか?
これはいい質問ですね。同じ経験をしていても、見ているものはみんな違うはずです。その違いをぜひ楽しんでください。
僕は学生との実験で、川越に行ったことがあります。旅行する前に川越の写真を集めてもらうと、みんな同じような「ザ・川越」の写真を持ってくるんですね。
でも川越旅行の後、撮ってきた写真を見せてもらうと、見事にみんなバラバラ。何の写真なのかわからないようなものもありました。みんなそれぞれ、他の人が気づかない、見ていないようなものを見ているんですよね。
振り返りの場で「見ているものがみんな違うこと」を可視化できると、発見や気づきが誘発されるはずですよ。
一人旅だと、自分で気づけないことには気づけません。そういった意味では、複数人での旅のほうが、より学びの効果が高いと言えるかもしれませんね。
鮫島先生、ありがとうございました!いつも通りの日常生活に慣れてしまっていて、発見の少ない毎日になっていることに気づきました。刺激をプラスして「赤ちゃんになること」を意識し、新鮮な体験を楽しみたいと思います。