見出し画像

039.エージェントの仕事

2002.11.12
【連載小説39/260】


ボブと知り合って、間もなくちょうど1年になる。

彼がワイキキで僕の暮らすコンドミニアムを訪ねてきたのが昨年の11月半ば。
その翌日に水陸両用セスナで、今いるノースイースト・ビーチに降り立ったのだから、僕にとってのトランスアイランド史は、未だ1年なのだ。

不思議なもので、ゆったり流れる島の時間の中にいると、ずっと前からこの場所で暮らしてきたかのような錯覚さえ覚えることもあるが、僕を取り巻く環境はこんなにも大きく変化した訳だから、この1年は激動の年だったともいえる。
そして、そのスタートがボブとの出会いだった。

ここのところ、この手記で島のエージェント達を紹介してきたが、そのまとめとしてエージェントのエージェントたるボブのことを紹介しよう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

島で最も忙しく、最も島を留守にする男。
それが法律系エージェントのボブだ。

彼の多岐にわたる仕事を紹介するためには、まずトランスアイランドという島国家的コミュニティの組織を整理しておいたほうがいいだろう。

トランスプロジェクトの中心となるのがトランス・コミッティで、通常、島民には「コミッティ」と呼ばれている。
そして、この組織は実質的なオーナーである数人の世界的著名人と、島に住んでコミュニティ運営の現場に携わる10数名のスタッフで構成されている。

オーナーたちの名前はオープンにできないが、「文明から距離をおいた南の島で、人類の豊かな未来を模索する」という基本コンセプトで結ばれた各界の名士で、資金や知識、ネットワークを提供している。

ボブは彼らと専属契約を結び、内外における法的調整や、交渉ごとを行うファーストエージェントで、世界中に点在するオーナーとの打ち合わせはもちろん、プロジェクトの協賛企業の発掘、契約などが一番目の仕事だ。

次に、僕を含めたその他のエージェントは皆、彼にスカウトされたことからもわかるように、島に必要な人材のリクルーティング。これも外地を飛び回っての行う仕事だ。
現在は5名のエージェントで落ち着いているが、島の成長にあわせて新たなドメインのプロを招聘する予定らしい。

コミュニティ運営上の重要な方向性を議論する月1回のコミッティ会議の議長もボブの仕事だ。
世界のどこにいても、ネットワークを通じて、我々エージェントとコミッティスタッフ間の事前調整を行い、会議時だけは確実に島に戻ってくる。

これに加えて、マーシャル諸島共和国との間にスタートした交流プログラムも彼がトランスアイランド側の責任者であり、今後は太平洋上の他の島嶼国家との交流も推進するのだという。

これだけ説明すれば、我々のトランスアイランドが、その存立をいかにボブというエージェントに頼っているかお分かりいただけるだろう。

どれだけこの島がゆったりした時間の流れの中にあり、そこに暮らす人々が外界がうらやむような暮らしを実現できていたとしても、繋がりなくして何者も存在し得ない現代、小さな島と世界に渡りをつける複雑多岐な業務は確実に存在する。
そして、それらをボブというエージェントがほぼひとりで背負ってくれていることに感謝しなければならない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「エージェントの仕事って、突き詰めると何なんだろう?」

知り合って間もない頃、ボブにそう尋ねた際に、彼はいとも簡単にこう答えた。

「足して2で割ることさ…」

まだ彼のことを充分に知らなかった当時は、法律家らしい合理的な考え方だなという程度にしか考えていなかった。
が、1年を経た今、僕には彼の言わんとしたことの意味がよくわかる。

エージェントたちは皆、対峙する概念のはざまに生きている存在なのだ。

文化人類学者の海野氏は「過去と未来」。
環境ジャーナリストのナタリーは「自然と人工」。
マーケティングプロデューサーのスタンは「創造と想像」。
そしてストーリーを紡ぐ僕は「夢と現実」という具合に。

そして常に、そのはざまで揺らぐことで、どちらにも寄り掛からず、「真実」らしきものを冷静に観察しようとしている。

で、ボブは?
彼はきっと、さらに客観の視線で、僕らエージェントと他の島民を「足して2で割り」、さらにはトランスアイランドと世界を「足して2で割る」作業を日々繰り返している。
そして、僕らよりもっと大きな「真実」を見ようとしているのではないだろうか?

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

INDEXに戻る>>

【回顧録】

「ネットワーク小説」というコンセプトではじめたこの作品には「マーケティングノベル」というもうひとつのポジションがありました。

僕の仕事はプロデューサーからディレクター、プランナー、ライターなど多岐に及び、周囲には各分野のプロが存在していたので、真名哲也を取り巻く登場人物を「エージェント」の名称でとりまとめて編成しました。

それらの人物のキャラクター設定とその活動を同時並行的に考えるのが創作活動のベースになっていたわけですが、そこに「足して2で割る」という、僕のビジネススタイルも取り込んだところがマーケティング的創作で、そこをボブに代弁させたわけです。
/江藤誠晃




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?